2019/10/16 01:00
Vol28.澤田酒造「歓喜光」常務取締役 澤田 定一良
健康に、音楽に。驚くべきキーワードの多い蔵
植物発酵エキスをつくる蔵である。
昭和初期、学者であった4代目が仕込んだ植物発酵エキスが今の土台を支える。
酒飲みの友、大阪の老舗立ち飲み屋「赤垣屋」の熱燗といえば、実はここの看板酒「歓喜光」である。
5代目は音楽家で蔵内には音楽院がある。
健康に、音楽に。驚くべきキーワードの多い蔵。
澤田酒造の次代を担う常務取締役、澤田定一良さんは言う。
「酒飲みよ、健やかであれ」。
今の願いは、地元に、奈良の人に、もっと愛されること。
酒販店を通さず、直接、顧客や飲食店とつながる方針を長年、貫き、あまりに知名度が無い。
だが今、蔵は大きくそのスタイルを変えようとしている。
澤田常務にこれまでのこと、これからのこと、独自の道を歩み続ける澤田酒造について聞いてみた。
蔵の看板には歓喜光、健康食品、音楽院の3つが記される
蔵人の健康を願って生まれた「植物発酵エキス」
創業は江戸時代末期1830年。清酒醸造蔵として歴史を重ねてきた。
植物発酵エキスが生まれたのは昭和10年のこと。
大阪大学で学び、醸造学者であった4代目は、蔵人たちの健康を思った。
当時は但馬杜氏が蔵人を引き連れての季節労働。
朝から夜までのきつい蔵仕事。家族を残して男ばかりの出稼ぎはストレスも多いだろう。
酒は生きた菌の力を借りて造るが
造り手の思いもまた宿るもの。
ならば蔵人は、生き生きと健やかであってほしい。
そこで畑で採れた新鮮野菜や体に良い薬草を摘んでは漬け込み、蔵付き酵母菌で独自の植物発酵エキスドリンクを樽に仕込み、蔵人たちに飲ませたのが始まりという。
まだ植物発酵エキスという言葉すら世に知られていなかった頃のことである。
その後、約30年に渡りこの飲み物は、蔵の内だけで蔵仕事の合間に飲まれ続けることになる。
だが昭和40年、別件で蔵を訪れた医学博士が発見。これは大変良いものなので、世に出すべきだと強く勧められ、やがて商品化することに。
この植物発酵エキスは今ではOEM(販売委託先ブランド)として広く流通。名こそ出ないが複数の有名メーカーで使われ続けている。
常務取締役の澤田 定一良さん。蔵の敷地内に建つ「澤田酒造・酒蔵ロマン館」の前で
この植物発酵エキスを商品化した5代目は、蔵に大きな彩りを添えた人物。
当時としては珍しい女性当主、澤田定子さんである。
しかも声楽家であり、宝塚音楽学校や大阪教育大学で教え、音楽家として活躍。
一方で植物発酵エキスを手がけ、また、蔵元として酒質の向上に情熱を注ぎ、今に続く看板酒「歓喜光」を杜氏とともに生み出した。
「モーツァルトを聴かせて醸造。箱を開けるとモーツァルトの人気楽曲キラキラ星が流れ出す。そんな酒も販売していましたね」と澤田常務。
現在、蔵の売り上げは清酒3割、健康食品7割。
日本酒業界が酒量を落とし低迷する昨今、動じることなく酒質を落とさず、良い酒を造り続けてこられたのも「先祖のおかげ」。
蔵の土台は盤石である。
由緒ある老舗立ち飲み屋の熱燗
看板酒の「歓喜光」
そして盤石といえば圧倒的酒量が消費される酒飲みの良い舞台、「赤垣屋」との取引がある。
大阪・新世界に日本初の立ち飲み形式の店を開き、店舗を展開してきた由緒ある立ち飲み店。
ここの燗酒は、こちらも名こそ出ないが澤田酒造の「歓喜光」なのである。
赤垣屋専用のパッケージで毎朝、蔵から直送される
毎朝、蔵から自社配送。
「直販だから良い品質の酒を低価格で出荷できる。それが赤垣屋さんの思いとマッチした」と澤田常務。
その「歓喜光」本醸造は、酒好きが毎日飲める酒である。
一升瓶で飲んで飽きない。いくら飲んでも悪酔いしない、すっきり飲みやすい酒。
酒飲みが抱えて離さない酒である。
かくして澤田酒造は盤石の土台のもと、看板酒「歓喜光」を大切に醸してきた。
今、蔵は新たな活路を見出そうとしている
だが、時は変わる。
今、蔵は新たな活路を見出そうとしている。
出稼ぎによる杜氏制度が時代とともに変わり、蔵人も社員へ。最後の但馬杜氏が高齢で引退してのちは、杜氏を置かずに社員一丸で醸造してきた。
「守りに入っていました」。
「歓喜光」と直販と。変わらぬものを守ってきたが、「今の時代に合う酒を。そしてこの蔵ならではの酒を、生み出したい」。
すでに蔵は動き出し、まずは設備を刷新。一棟まるまる冷蔵庫を新設し、サーマルタンクを増設。小仕込みを増やし、無濾過生原酒など今の時代に好まれる酒のレパートリーを広げ、さらなる酒質の向上に向かう。
醸造に携わってきた社員を杜氏に抜擢。2年間の研修にも送り出した。
新・杜氏に向けて修行中。製造責任者の九二 喬さん。身長185cm、引き締まったスポーツマン体型。実は約3年前には体重100kg超だったのを植物発酵エキスの置き換えダイエットで-20キロに成功したそう。
かつて杜氏がいた頃は、各種品評会にも参加。全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなどしてきたが、このところは出品はしていなかった。それほどの必要性を感じなかったからだ。
「今後は積極的に参加して、蔵の知名度を上げていきたい」
地元に愛される酒を。その思いから香芝市内の行政と組み、休耕田でつくられた奈良の飯米ヒノヒカリを使った酒「悠久の光」も醸造した。
左から全量山田錦米、「歓喜光 大吟醸」。デザインはサントリーの「響」も手がけたデザイナー、荻野丹雪によるもの。そして看板酒の「歓喜光 本醸造」。奈良の米、飯米ヒノヒカリで醸した「悠久の光」
シャンパン酒にモーツァルト酒
そして…植物発酵エキスとのコラボ酒を夢見て
だが、これは始めの一歩。
澤田常務の脳内には次なる酒への思いがふつふつと湧いていた。
植物発酵エキスの販売で海外事業部もあり、顧客から日本酒のリクエストをいただくことも。
「シャンパンのように瓶内発酵させた酒を開発していきたいですね」。グラスに合う良い酒になるだろう。
「6代目が醸造したモーツァルト酒も復活してみたい」。
折しも取材時、合唱の美声が敷地内に響いていた。
没後、弟子たちが創設した音楽院が蔵の敷地内に建つ。
音楽院ではピアノなど音楽教室のほか、コンサートも開かれる。
ここは全国でもまれな、音楽のある蔵なのである。
さらに植物発酵エキス。蔵に繁栄をもたらしたこのエキスを酒に生かしてみたいと考える。
なにしろ蔵付き酵母で植物発酵エキスを作り続けてきた蔵である。
酒飲みよ、健やかであれ
「酒を飲む人が健康でいてほしい」。
これは常々思うことである。
酒を造る人の健康を願って生まれた植物発酵エキス。
実はその背景には4代目の兄弟に医者が2人いたことも影響する。
そして澤田常務の兄弟にもまた医者がいる。
健康に思いをかけずにいられない。
ここは健康の蔵でもあった。
音楽の蔵。健康の蔵。赤垣屋で飲まれ続ける酒の蔵。
この3つの要素が融合すれば、面白い酒が生まれるだろう。
そのとき、澤田酒造の名は地元に奈良に、そして海外でも、知られることになるだろう。
澤田酒造株式会社
- 住所/奈良県香芝市五位堂6-167
- 電話/0745-78-1221
- 営業時間/9:00~17:00
- 定休日/土、日、祝日
- 駐車場/10台