その他おでかけ桜井市宇陀市
2019/09/18 01:00

Vol27.芳村酒造「千代の松」「神仏習合の酒」蔵元杜氏 芳村隆博

題して「遊び蔵」で。当主の芳村隆博さん。50リットルの超小仕込み缶とともに。

「遊んでるねん」。実に楽しそうに笑う。
芳村酒造の当主が、である。

自蔵で造る酒で遊ぶ。
なんとドラム缶の半分サイズという超小仕込みも手がけるとは…
ほんまですか。
思わず声を上げてしまう小さな缶や瓶がいくつも並ぶ。

その酒が実にユニーク。
「神仏習合の酒」は、興福寺に伝わる醸造法をひもとき、大神神社の境内地に咲くササユリからとれた山乃かみ酵母で造った酒だ。寺と神社で神仏習合。
それで米の磨きは95%〜97%って…
マジですか。

イタリアのリゾット米で醸した酒まであるというから…
ヤバイです。

こちらのビックリを涼しい顔で過ごしてニヤリ。
それでいて蔵のメイン酒はド直球。
「淡麗」の一言である「千代の松」。
普通酒から大吟醸までスッキリ仕上げた淡麗の酒が蔵の柱だ。

真逆の遊びを楽しむ、当主であり蔵元杜氏、芳村隆博さんに聞いてみた。

創業以前、江戸時代の蔵の様子を描いた絵。創業1868年とするが、それは明治政府に酒税の届けを出したのがその年だから。「それ以前の記録が無いので。実際はそのずっと前から造りはしていたと思います」。元は油屋。酒造りも行っていた。

精米95%の八段仕込み「神仏習合の酒」
約500年前の興福寺・僧坊酒の造りを再現


始まりは昔の酒の再現である。
「今から約5年前、ちょうど世間では磨き二割三分、米を23%まで磨いた酒が話題になっていた頃。せっかく農家の人が育てた米をほかす(捨てる)ことも無いだろうと」。

米をそっくり醸した昔を思う。当時は脱穀といえば水車か足踏み。今のようには削らなかった。

「削らずに造れんか」。

探究心がむらむらと湧いた。

答えは約500年前の古文書にあった。
奈良・興福寺の『多聞院日記』(たもんいんにっき・15~17世紀))に書かれた僧坊酒の造り方。そこに六段、七段仕込みの造りがあった。

「これがええ」。
古来の酒造りといえば、奈良には菩提酛の酒がある。
「菩提酛は酛を再現。うちは酛は現代で、昔のように醸しています」
精米具合は95%
今なら三段の仕込みであるが、八段で仕込む。時に九段で仕込むことも。

「思う味に持っていくために重ねます」。
今から5年前、最初に造ったときは「酸っぱくて苦くて糠くさくて吹き出しました」と笑う。
それを段で甘みを重ねることで余計な雑味をくるみ込んだ。
「着地点へ甘みを持っていくんです」。
米は奈良の露葉風を基本に。純米無ろ過原酒。

「鮒寿司に合う」と友は盃を重ねた。「クセの強いチーズに合う」と言う人も。

麹のパンチが効いている。
力強くコクがある。クセものに合う濃ゆい酒。
甘みと酸味の良いバランスが盃を進めさす。
古くて新しくて「面白い酒」である。

古代の米、赤米でも造る
玄米に傷の精米98%の酒「RADEN」


以前から赤米は着色用に使用していた。
行政とタイアップした「阿騎野物語」。観光客にも喜ばれる古代ロマンが香るピンク酒。

だが、むくむくと好奇心が頭をもたげる。

「全量赤米で造れるかな」。

赤米のピンク色は表面のみ。精米してしまうと白になる。でも玄米では麹がつくれない。

ならば傷だけ付ければいい。

傷で1%か2%。玄米100キロ。昨年は傷を付けて98キロになった。98%の酒である。米の良し悪しで砕けたら減る。今年は95%になった。純米無ろ過原酒の8段仕込み。

一千年以上前の品種改良していない古代の米である赤米を、削っていない酒である。

左から「神仏習合の酒」、奈良うるはし酵母を使った「千代の松 特別純米酒 奈良うるはし」はコクありキレよし。米は奈良の露葉風。右端が「RADEN」

この着地点はどこに来る?
「神仏習合の酒」95%よりも、雑味や苦味は表に出る。だが「面白い」。酒の味に古代のロマンが乗るようだ。
この味に持ってきた、芳村さんのセンスこそ、卓越して面白い。

その名も「RADEN」。正倉院宝物の螺鈿細工を思わせる華やかなパッケージ。ちなみに正倉院には赤米について記した書物もある。


「ワインのよう」と言われることも。「グラスでスイーツとデザートに」との声も。

今の時代の酒とは違う、知っている日本酒に似ていない。古くて新しくてニュー・サケと呼びたくなるような味わい。
神仏習合の酒の赤米バージョンもある。

「日本酒やと思わんでいいねん」。

ケムに巻くように芳村さんは笑うのであった。

ただし蔵の柱となる一の酒は、ホンマもんの端麗日本酒「千代の松」。
「淡麗」が看板となったのは、先代の好みだという。
長く愛されてきたロングセラーの酒である。

この酒があってこそ、二の酒、三の酒で、遊び心にあふれたロマン酒が造れるのだろう。

かつて2000石を醸したが、今は80石ほど。小仕込みながら多種多様な酒の造りの大半を、芳村さんが一人で手がける。

キリシタン大名の酒「右近」は
奇跡のストーリーがつながって


ロマン酒と言えば、キリシタン大名へのオマージュを込めた酒もある。
戦国の世に生き、徳川幕府に追放されてマニラで殉教した高山右近。
約3年前にローマ法王庁から崇敬対象の「福者」に認定されたことを受け、大阪府豊能町から記念の酒をとの依頼があった。

なぜ奈良の宇陀の蔵に? と思いきや、実は町の願いは同町の生誕の地、高山の米を使って欲しいというもの。小仕込みで指定の米。近辺のどの蔵も応えられなかったところ、縁あって、小仕込みを得意とする蔵ゆえに引き受けることに。

ところがその後、調べたら、なんと右近が洗礼を受けたのは宇陀市榛原にあった城と判明。
生誕の地の米で洗礼の地の蔵が醸す。
まさに奇跡のようなストーリーがつながった。

こちらはすっきり端麗の辛口酒。
清冽な右近の生涯に思いを馳せつつ、清らかな酒の「福」をいただきたい。

蔵があるのは歴史深い「かぎろひの里 」大宇陀。蔵見学あり。2人以上10人まで要申し込み。当主自らの案内となる。深く楽しい話が聞けるだろう。要予約。

ボーノ、ボーノ!
イタリア米で醸した仰天酒


イタリア米で醸した仰天酒もある。

「千代乃松イタリア」。普通酒である。
リゾットやサラダに使う細長い米、カルナローリー米を100%使用。

「この米で日本酒、造れるか?」
イタリア米の普及を試みる農業家の友人が、奈良の田んぼで栽培して持ち込んだ米である。

一升瓶にして20本か30本の超小仕込みで造ったところ、これがウケて完売。

試飲・販売する奈良酒専門店「なら泉勇斎」のフェイスブック記事を引用すると…(*店長のけんちゃんこと、山中研太郎さん快諾)

「味モ、ナカナカ、Buono!デッセ。…コレハイタリア料理ニモ合ウトオモイマスワ〜
ゼヒ、一回呑ンデミナハーレ、キナハーレー。ボーノボーノ(❛ω❛)」。

「来年また、米ができたら仕込むかな」。

天井に吊るされた滑車。古蔵の2階には昔の酒道具がそのまま残り、ミュージアムにしてほしいとの町の声もある。

昔のかまどの焚き口も残る。ボイラーが無い昔、ここから釜の蒸気を上げていた。

止まらぬ探究心に尽きぬ遊び心


飲んでみたことのない酒。これがなかなかボーノ(おいしい)な酒。とくれば、酒飲みのノドが鳴る。
日本の米とはでんぷん質が全く違う。
これは日本酒なのか? ならば古代の赤米でつくった酒は?500年前の酒を復活させた神仏習合の酒は、今の時代の日本酒なのか?

いろいろな話が舞い込んでくる。
他の蔵では「よう受けん」と首を振る「実験」も。

奈良県産業振興総合センターなどが、分離できた酵母を仕込んで欲しいと持ち込む。50キロの仕込みで受ける。
受ける受けないは、「面白い」と思えるかどうか。

飲んでみたいかどうか、ですね!と問えば、答えはきっぱりノーであった。

なんと自身は利き酒のみ。
「日本酒は40年ほど前に飲むのをやめました」。

またビックリ。オフで飲むのはワインという。日本酒はオンのもの。精魂込めて日々造り、晩酌は「仕事とは関係のない別の酒」でと思う。
「ワインと造りは交差しないですよ。参考になんてなりません」。

日本酒の境界など軽く飛び越えてしまうのは、自身の酒の好みに左右されないからか。
だからこそ、探究心は止まらず、遊び心は尽きないのだろうか。

芳村酒造の酒は自由で、縛りが無い。
これからも当主が「面白い」と発見した“ニュー・サケ”が酒飲みを面白がらせ、楽しく酔わせてくれるだろう。

芳村酒造株式会社

  • 住所/奈良県宇陀市大宇陀万六1797
  • 電話/0745-83-2231
  • 営業時間/
  • 定休日/無
  • 駐車場/なし
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