2019/02/27 01:00
Vol20.喜多酒造「御代菊」「利兵衞」蔵元杜氏 喜多整
福井の蔵の家系に生まれ、奈良の老舗蔵を継いだ蔵元杜氏の思いは奈良へ、奈良へ、と深く向かう。
酒の聖地で生まれた酵母と乳酸菌で、
古来製法・水もと仕込みで醸す。
今年創業300年を迎えた老舗蔵、喜多酒造の代表銘柄「御代菊」のフラッグシップは水もと(菩提もと)仕込み。
水もとは清酒発祥の地、奈良・正暦寺で平安から室町時代に完成したとされる古式の製法。菩提もと仕込みと同じもの。
使う酵母もまた奈良由来。
その正暦寺境内で採れた酵母「奈良うるはし」と、酒の神を祀る日本最古の神社の一つ、大神神社神域に咲くササユリから採取した「山乃かみ」酵母を使用。さらに乳酸菌はこれも正暦寺で発見された菩提もと乳酸菌を用い、米は奈良県産米のヒノヒカリや露葉風を使う。
酒の神が守り、酒が生まれた「酒の聖地」で、ひと手間、ふた手間かかるとも、奈良ならではのうま酒にこだわり尽くす。
全国新酒鑑評会で受賞9回のうち、金賞5回に輝く。
9代目を継ぎ、蔵元杜氏でもある喜多整さんは振り返る。
実家は福井県の江戸時代創業の元造り酒屋。戦後、「お上からの指導で」酒蔵が企業合併する時代があり、福井でも「浜小町」の名のもと14の酒蔵が合併。
「祖父も専務となり合併に加わることに」。
それでも孫は東京農大醸造学科に進む。
蔵は無くとも造りへの憧れは止まず。
当時は季節雇用の杜氏と蔵人チームが全盛だったが
「杜氏、蔵人、何より酒造りの世界がものすごく知りたかった」。
大学4年の時、醸造の研究室に属し、そこから酒造家が学ぶ東京の醸造試験場(当時)へ出向。
そこで蔵の後継娘であった由佳さん(現・常務)と出会う。
合併したとはいえ、後継ぎの長男である。3年間、福井の老舗、黒龍酒造や自らのルーツ「浜小町」で修行を重ねつつ、思いを貫き、27歳で結婚。
蔵に入ってこの4月で23年が経つ。
「酒屋万流」この地の酒、この蔵の酒
アルコール度数20度、利兵衞プレミアム
創業300年を迎えたアニバーサリーボトルの「利兵衞」は奈良県産米の露葉風、「山乃かみ」酵母を使った水もと仕込み。看板酒「御代菊」も水もとで醸す。
他県から来たからこそ、より奈良に深く思いを抱くのか。
「自分の造りたい酒をと思ったことはない」。
思うのは「酒屋万流」。
「この地の酒、この蔵の酒」である。清酒発祥の地から奈良酒の魅力を大いに発信したいと思う。それは300年の時のつらなり、蔵が歩んだ歴史と重なるものだから。
その思いの中で、造り上げた酒に「利兵衞」がある。
多くの日本酒のアルコール度数は15度前後だが、純米吟醸でアルコール度数を20度まで到達させた。
酵母の限界までじっくり発酵させた酒は、すこぶる濃醇。しっかりとした骨格があり、深い旨味に辛みがのる。
平成18年から発売。酒の名は蔵の初代、喜多利兵衞を冠した。
「生来のこだわり者」で水も米も選び抜いたという。
「この酒なら、利兵衞さんも褒めてくれるに違いない」と名付けた渾身作。
2年前からは創業初の蔵元杜氏となる。
神の米を古式で醸してお返しする
ご神酒造りも水もとで
その後も蔵の挑戦は続き、水もと仕込みが始まったのが約8年前のこと。
蔵があるのは、神武天皇が即位した建国の聖地、橿原神宮のすぐ近く。同年から、そのご神酒(かむやまと)造りも水もとに。
それまでのご神酒は御代菊のレギュラー酒。それが古式の儀式とともに神域の神饌田(しんせんでん)で作られた米の一部をお預かりすることになり、古式の水もとで仕込むように。小さな仕込みを立てて一升瓶で300本。
「神聖な米を古式で醸してお返しする。特別な思いがありますね」。
杉材の麹室。「杉は湿度が高いと膨張するし、乾燥すると縮む。温度も湿度も適度に保つよう、杉材の中でも伸縮の少ない材質を選んでいます」
「喜多酒造の酒をツールに奈良を知ってもらえたら、うれしいですね」。
手間のかかる古式の水もとで醸すのも、奈良の米を使うのも、その思いから。
酒に奈良のロマンを感じてもらいたい。
「トップクラスの日本酒は、今やスペックがほぼ同じ」とも。だからこそ、思いを込める。この地と蔵への深い敬意がアイデンティーだ。
仲仕事の前。この仕込みでは米は奈良県産ヒノヒカリ。奈良うるはし酵母を使用し、水もとで造る。
本当のところ「水もとは面白い」。
「酒は微生物の世界。彼らの能力をいかに発揮させるか。600年前は酵母菌や乳酸菌の組み合わせなど測れずに、感覚だのみ。でも今は同じ水もとでも働きが分かる。彼らが最高のハーモニーを奏でられるよう、全体のバランスをまとめて操るのは面白い。オーケストラの指揮者のようなものかも知れません」
造りで心がけるのは「再現性」。
日々、正確に繰り返す。再現性を高めていく。その年の気候で、米で。いろんな要素が加わろうとも、環境を整え、正確に再現する。
昔ながらの製法を、端正に、整然と醸し続ける。
そばから夫人が笑う。
「この人、名前そのものです」。
喜多 整(ひとし)。
「整える君、と呼んでもらっていいですよ」と本人も笑って返す。
蔵仕事もその酒も、なるほど端正、なるほど整然。
「酒は人なり」なのである。
妥協はしたくない。
この先「御代菊」がどうなるか、どんな酒になるのかも「分からない」。
「突き詰めれば、どこに行くのかな。行き先の無い汽車を走らせるような思いです」。
その旅の途中で「何か見つからないか」とも思う。
室町時代に奈良で造りの先人が、水もとを生み出し、諸白や三段仕込みを発見したように。
「商売以上に、それを思いますね」。
ただ前へ進みたい。レールの上をひたすらに走りたい。
銀河鉄道ならぬ酒の河の鉄道を、ロマンをのせて走らせる。
喜多酒造株式会社
- 住所/奈良県橿原市御坊町8
- 電話/0744-22-2419
- 営業時間/
- 定休日/無
- 駐車場/なし