2023/06/20 17:00
ぱーぷる編集部(眞杉)
【naranto】「記憶を調理する」唯一無二の料理人『akordu(アコルドゥ)』川島宙シェフの素顔
奈良県奈良市にあるモダン・スペイン料理が楽しめる『akordu(アコルドゥ)』。
2022年にはミシュラン2つ星を獲得し、革新的世界観の料理で注目を集める名店だ。
2008年奈良市富雄にオープンした『akordu(アコルドゥ』を皮切りに、スペイン料理をベースにそれぞれ世界観が違う大阪『Donostia(ドノスティア)』、東京『TOKI(トキ)』を展開するオーナーシェフ・川島宙(かわしま ひろし)さん。
「記憶を調理する」をコンセプトに独自の世界観を持ち、人々を魅了する『アコルドゥ』。
そこに込めれられた想いや目指すもの、そして素顔を探るべく川島シェフの元を訪れた。
控えめながらも料理は一流の腕を持ち、各業界との繋がりも広く人徳の持ち主。
その中でも、川島さんの根底にある料理への思い、慈悲深さの一面に触れることができた。
ガストロノミーな発想。『アコルドゥ』の原点はスペイン『ムガリッツ』にあった
川島シェフの料理は、その土地の食材を使うガストロノミー的思考にプラスして、ストーリと絡ませた表現が特徴。
そのルーツは、スペイン・バスク地方にあるレストラン『ムガリッツ』にあった。
辻調理専門学校を卒業後、数々の大手ホテルでフランス料理の経験を積んできた川島シェフ。
しかし日々を重ねていくにつれ、「自分の料理とは何か」を自身に問いかけるようになったという。
そんな時に、ある本の中で出会ったのが『ムガリッツ』だった。そこに写された料理の写真に一瞬で心が奪われた。
そこの地域の人たちの暮らしがそのまま表現された料理だと一目に感じ、「将来自分の料理の答えになるのでは」と希望を抱いたという。
そして、自ら『ムガリッツ』で修業を積むべく足を運んだ。そこはまさに川島シェフが想像していた通りの世界が広がっていた。
人里離れた山の上に佇む『ムガリッツ』。
ガストロノミー系モダン・スパニッシュの世界的に有名なレストランだ。
花やハーブなど食材は全て自分たちで育て、料理はその土地の環境そのもので構成されていた。
お世辞にも都会といえないこの場所で、洗練されたモダンな料理が出てきたことに衝撃を受けた。
都会的な料理を田舎で食べた時と、都会で食べた時とでは違った感覚「対比」が生まれる。
その対比の仕組みに、人々を魅了する理由が隠れている。
約10カ月の『ムガリッツ』での修行期間では、
「ムガリッツでは、自然の中のより素材に近い場所で、より地方にある場所でやることの楽しさや意味をそこで感じた。なんでこんなところで、こんなことを?と不思議に思ってもらえる場所でやりたいと思った」。
そして帰国後、奥様と関西圏を中心に理想の場所を探し回った川島さん。
ようやく見つけた自分たちの理想の場所と出会うことになる。
そこは、大正時代に建てれられた変電所跡。
古いレンガの建物でまさに伝統に色を重ね創り上げていきたい世界にぴったりだった。
そうして2008年、奈良市近鉄富雄駅前に『akordu(アコルドゥ)』の門が開かれた。
『アコルドゥ』の世界
現『akordu』の建物
富雄にあった『akordu』は、2014年ビルの老朽化により閉店を余儀なくされた。
そして2016年、今度は奈良市東大寺の旧境内跡地で再び息を吹き返した。
青い扉を開き一歩店内に踏み入れれば、たちまちアコルドゥの世界に引き込まれる。
とてもモダンでスタイリッシュでありながらも、木のぬくもりや窓越しに広がる自然に心落ち着く空間。
無駄なものはおかないと決められた店内には、全てに意味のあるものしか存在しないという。
例えば、テーブルの上には一般的に花が飾られるレストランが多いだろうが、ここでは無機質なオブジェが置かれている。
お花や料理はもともと生きているもの。それに対して、あえて命ないものを置くという考えだ。
さらにキッチンはガラス張りとなっていて、調理されている様子が客席からうかがえる。
食材が自然や生産者さんから届き、ここで調理して届けるまでを身近に感じてほしいという思いからこのようなお店の造りになっている。
以前は、庭に背を向け椅子を配置していたこともあるという。
それは、食べるものや自然がいつも手元にあるわけではないというメッセージ。自分の意志で後ろを振り返った時に気付く季節や自然の世界を感じてほしいという理由からだ。
そうして、意図的に散りばめられた“仕掛け”は、受ける人にとって有意義な時間をもたらし、外の世界に戻った時、不思議と充実感に満ち溢れた感覚にさせる。
『アコルドゥ』の料理
『アコルドゥ』の料理は「モダンスペイン」という新しいスタイルを作り上げ、その地の食材を伝統と融合させたイノベーティブな料理で人々を魅了する。
また、「akordu」とは、バスク地方の言葉で「記憶」を意味する。
一見華やかに見える一方で「アコルドゥの料理は地味だとよく言われるんです。でもある意味、私たちの思いがしっかり伝わっているということだと思います。」と川島シェフは話し始めた。
「当店には『たった5秒の海』というメニューがあるんですけど、これは私が子供と一緒に行った海への旅から起草したもの。僕にとってその時の思い出は、楽しい時間を過ごした一方で、この時間が終わってしまうという、どこかセンチメンタルな思いがありました。
同じように、誰にでも海の思い出はあると思うんです。この『たった5秒の海』という題名をきっかけに、食べる人が無意識に、自身の切ない思いに触れてもらえればと思っています」と語ってくれた。
食べる人の感性を揺さぶり、食べる人が感じ取る料理こそが『アコルドゥ』の楽しみ方なのかもしれない。
川島シェフにとっての「食の記憶」
東京の下町育ちだった川島シェフ。
商店街はいつも魚や野菜が並び、揚げ物や総菜のいい香りがし、人々が行き交う。
ここでのにぎやかな様子や暮らしの香りが川島シェフの「食の記憶」として胸に焼き付いている。
さらに、川島シェフには、ひと回り離れたお兄さんがいる。
幼少期はお兄さんがよく料理を作ってくれたという。
チャーハンに「人形の消しゴム」を置いたり、いたずらを交えて作ってくれる料理が幸せな思い出であり、川島シェフの料理の“記憶”として残った。
その後、ご両親の離婚を機に、お兄さんとは離れて暮らすことに。
川島シェフは、人生の中で人との出会いと別れを繰り返し体験するうちに、よく後ろを振り返るようになったという。
“時”の大切さ、儚さを身に染みて感じたのだ。
そんな繊細で人情味にあふれた川島シェフだからこそできる料理が、『アコルドゥ』を表現している。
「うまい料理ではなく、しみじみとおいしいと感じる料理を提供したいと思ってるんですよね。あえて線の細い料理を意識している」と川島シェフ。
そういった根底にある料理への思い出が、川島シェフ独自の世界観をつくり上げているのだろう。
川島シェフが思い描く未来。しみじみ心にしみる町づくり
「自分たちが生きる環境や住む環境がよくなればいいな、と思っているんです。食にまつわる全てのことで、いつか町をつくりたいですね。
良いカフェがあって、いい寿司屋があって、いい豆腐屋があって、いい小料理屋があって...
そこで暮らしている人の姿や思いを含めて、心にしみるお店が集まる町にしたいですね。
生活に溶け込むような、その人に寄り添い“生活の一部”になるようなお店にしたい。
人がその土地を愛し、暮らしている場所(姿)に、自然と人が集まるものだと思うんです。サンセバスチャンやハワイはその一つだと思います。」と川島シェフ。
「あとは早く引退してサーフィンしたいですね」と冗談を交えつつも、
「海が好きなんですよね。なんか生きているもの全て結局最後は海に帰るような気がして。自然っていうこと聞かないじゃないですか、だから無抵抗で向き合えるところに行きたい」。
芸術的でもあり、どこか哲学的な感性も兼ね備える川島シェフ。
2023年7月頃には、アコルドゥ併設のカフェもオープン予定。
これからも「記憶を調理する」をテーマに、川島シェフにしかできない感性で、人々を魅了し続けるだろう。
akordu (アコルドゥ)
- 住所/ 奈良県奈良市水門町70-1-3-1
- 電話/0742-77-2525
- 営業時間/ランチ12:00~15:30(L.O.13:00) ディナー/18:00~21:30(L.O18:30)
- 定休日/月 その他休業日/その他不定休あり
- 駐車場/有