奈良県奈良市
2022/10/18 21:00
ぱーぷる編集部(眞杉)

【naranto】1,000年先へかき氷文化を繋ぐ『合同会社ほうせき箱』代表平井宗助さん

【naranto】1,000年先へかき氷文化を繋ぐ『合同会社ほうせき箱』代表平井宗助さん

近年では、全国から「ゴーラ―」と呼ばれるかき氷好きが奈良を訪れるほど、すっかり定着した奈良のかき氷文化。奈良県内のかき氷店が約60件紹介されている「かき氷ガイド」と題する冊子には、オリジナリティ溢れるかき氷が紙面を彩っている。

そんな、かき氷文化の火付け役が、2022年4月に『柿の葉茶専門店 SOUSUKE byほうせき箱』をオープンさせた奈良県天理市の『合同会社ほうせき箱 』代表、平井宗助さん(以下:平井さん)。

平井さんは奈良の柿の葉寿司大手メーカーの長男として奈良県吉野町で生まれた。2014年8月に初めて奈良でかき氷のイベント「ひむろしらゆき祭」を開催して以来、2015年2月『合同会社ほうせき箱』を設立し、奈良市もちいどの商店街『夢 CUBE』にかき氷のお店『ほうせき箱』をオープンさせるなど、ここ8年はかき氷に全力を注ぎ、歩んできた。

一方で、青年会議所に所属していた30代からは、燈花会、平城遷都祭、なら国際映画祭、しあわせ回廊なら瑠璃絵や全国大会の招致運動など、地域活性事業の運営にも携わってきた。かき氷と奈良を愛してやまない平井さんが、どのようにかき氷文化を作り上げてきたのかを探るべく取材した。


コンプレックスは「奈良にうまいものなし」


【naranto】1,000年先へかき氷文化を繋ぐ『合同会社ほうせき箱』代表平井宗助さん

平井さんは大学卒業後、東京の企業に就職したが、26歳の時に家業を継ぐため奈良に帰ってきた。

「奈良にうまいものなし」

奈良に帰ってきた当時から、その言葉がずっと心に残り続けていた。それだけではない。そのむかし奈良で生産しているお茶が京都の宇治茶として出荷されていたように、旧来は奈良県産のものが、他県ブランドとして世に流通しているものもあった。なぜ奈良県産ということを堂々とPRして付加価値にならないんだろうか。そんな疑問を感じていた。

奈良を代表する大和茶、茶粥、そうめん、柿の葉寿司や奈良漬などの独自の食文化は、良くも悪くもシンプルで地味、老若男女、世代を問わずにもてはやされる、わかりやすい食ではなく、また旅行にきた人たちが食べたり、人に自慢して勧めたくなるようなわかりやすく華やかな食文化ではないかもしれない。
当時柿の葉ずしメーカーに勤めていた平井さん自身も、柿の葉ずしをもっともっと人に勧めたくなる商品にするために試行錯誤していた。一方で奈良には、1,000年以上の長きに渡り受け継がれてきた世界に誇れる食のルーツや文化がある。奈良に生まれ、奈良で育った平井さんは、奈良の食と文化の魅力を何としてでも伝えたかった。

「奈良にはうまいものあり」だと。

人生を変えた『おちゃのこ』のかき氷


2012年のある日、平井さんは奈良市にあるカフェ『おちゃのこ』で、「いちごみるく氷」というかき氷に出会った。これがのちに平井さんの人生を変える運命の商品となる。

「いちごみるく氷」は、奈良県産あすかルビーをフリーズドライにして、いちごミルクシロップのかき氷にたっぷりとかけたかき氷。
食べたことがないくらい、やわらかな食感のかき氷に一口食べて衝撃を受けた。
高度な技術をつかって氷を削るだけではなく、奈良県産の食材を生かし、食べた人の心を鷲掴みにする、確かな味だった。

これは奈良を誇る商品になると確信した。同時に、様々な奈良の食材を使うことで応用が利くであろう「かき氷」に無限の可能性を感じた。

かき氷文化のはじまり『ひむろしらゆき祭』


2014年のある日、平井さんが「心から感動した」というかき氷のお店『おちゃのこ』の岡田さんから、かき氷イベントの会場を探していると相談を受けた。

当時『おちゃのこ』は全国からかき氷好が集まるほどの人気店。東京で開催されているかき氷コレクションに出店していた中で、かき氷コレクションが関西での開催を予定し、会場を探していたのだ。平井さんは岡田さんに氷室の守り神を奉る奈良市『氷室神社』の宮司大宮宮司を紹介した。

結局、そのイベントは神戸で開催されることになってしまったが、これも何かの縁。ともに奈良に拠点を構えるもの同士、奈良でかき氷イベントがやりたいと思い、平井さんから岡田さんに声をかけた。岡田さんも喜んで平井さんの提案に賛成した。これが、今となっては全国のかき氷好きが集うことになる『ひむろしらゆき祭』のはじまりだ。岡田さんのご縁で協力してくれるたくさんの仲間も集まり、2014年8月、第1回ひむろしらゆき祭を開催することになった。

もともと様々なイベント運営に携わっていた平井さんは、経験値に基づく運営ノウハウに自信があったが、初めてのかき氷イベントでもあり、地元の奈良だけではなく、東京、大阪、名古屋、神戸からもお店を集めたこともあり、集客に不安があった。
しかし、迎えた当日、2日間で3,000杯のかき氷が売れる大盛況。見事にイベントは成功した。全国から人が集まり、かき氷を食べて笑顔になる人を見て「これは、いける」とかき氷の可能性に活路を見出していたが、確信に変わった。

【naranto】1,000年先へかき氷文化を繋ぐ『合同会社ほうせき箱』代表平井宗助さん

岡田さん(左)と平井さん(右)

『奈良かき氷ガイド』でかき氷文化が定着


大盛況で幕を閉じた第1回ひむろしらゆき祭に、氷室神社の大宮宮司も喜んだ。大宮宮司は、平井さんに「イベントでの集客は一過性のものに過ぎない。継続的に奈良に人を呼び込む工夫が必要だ。」と助言した。そこで、自身で『ほうせき箱』を開店する2015年に、かき氷ファンのお客様がかき氷店を「はしご」されることに着目し、奈良県内のかき氷のお店を集めたマップ冊子『奈良かき氷ガイド』もスタートさせた。

継続的に奈良に人を呼び込むための仕掛けである『奈良かき氷ガイド』。奈良県内の素敵なかき氷店を多く紹介できれば、かき氷ファンの滞在時間は長くなり、将来的には宿泊にも繋がる。滞在時間が短いという奈良の観光課題に対してかき氷がひと役かえるのではと平井さんは考えたのだ。

平井さんの予想通り、『奈良かき氷ガイド』は県内県外問わず多くの方が奈良を訪れるきっかけになっている。初年度は約30件だった掲載店舗も第8弾となる2022年度は約60件まで増え、今では1日に6~7杯食べる人がいるほど、かき氷好きにとっては必要不可欠なアイテムとなっている。

かき氷人気爆発のワケは「分かりやすさ」と「ストーリー性」


ひむろしらゆき祭、奈良かき氷ガイドと次々とプロジェクトを進行し、かき氷人気の火をつけてきた平井さん。平井さんは、かき氷が地域に根差す成功を果たした理由を分かりやすさとストーリーがマッチしたからだと分析する。

食べ物に限らず、多くのジャンルに共通して言えるが、人を感動させ、人に勧めたいと思ってもらうには、かわいい、大きい、おいしそうと瞬間に思ってもらうことが必要だと言うのだ。かき氷は、平井さんにとって「人に勧めやすく、分かりやすいアイテム」そのものだったのだ。

しかも、分かりやすさだけではない。氷室の守り神を奉る氷室神社をはじめとする奈良という文化やストーリーがあったことも、かき氷人気を後押ししたという。地域に根差すストーリーや要素を交え、商品づくりやイベントを作ることでこそ、県外の人からも愛され、地域の人からも応援されるブランドになったのだ。

「奈良にうまいものあり」をみんなで


これまでに書き綴ってきたように、平井さんは数々のプロジェクトを手掛け、成功へと導いてきた。成功を導く要因は平井さんの人柄と考え方によるものが大きい。例えば、今や奈良のかき氷の名店となった『ほうせき箱』。人気店がゆえ、多店舗展開し、自身の会社を大きくする判断を下すことは想像に容易い。しかし、平井さんは、周りのお店とともにかき氷の魅力を伝え、地域のみんなでかき氷の文化を作っていくことを選択した。

「かき氷はおもしろいということを、他のお店にお伝えして、巻き込んでいく。自社の短期での儲けにはならないけれど、ともに協力し合えるお店や仲間が増えることで大きな財産である人のご縁が増えていく。自分ひとりでは何もできないということを理解し、丁寧にカタチにしていくことで、多くの人たちが応援してくれることに繋がる。」と語ってくれた。

まさに、地域巻き込み型の手法で奈良にかき氷文化を根付かせることに成功してきたのだ。かき氷の話をする平井さんはとても楽しそうで、自信に満ち溢れていた。

「奈良にうまいものなし」

かつて抱いていたような奈良に対するコンプレックスは、もう平井さんの中にはない。

かき氷を1,000年先へ伝える


奈良は1,300年も途切れずに続いてきた歴史がある。奈良の大仏には人々の祈りが宿る。世界的に見てみても、この地域は特異だ。世界中を探してもめったにない環境にある。

「これまで長きにわたり、人を感動させ続けられるコンテンツがある奈良はすごい場所だ。」と平井さんは語る。

鹿が1,000年以上も奈良の地で生き続け、人々が紡いできた歴史や文化。奈良のかき氷文化も、10年、100年経っても地域の人に愛され、自慢してもらえるようなものであってほしいと平井さんは願っている。1,000年以上も続くナレ鮓を起源とする「すし」の文化と同じように、平井さんが手掛けてきたかき氷文化が1,000年以上も受け継がれていくことになるかもしれない。

すし、天ぷらと同じように日本のスイーツといえば「かき氷」と、日本の食文化を表現する世界の共通言語になっていてほしいと語り、日本国内にとどまらず、海外にも広めていきたいと夢を膨らます平井さんの目は輝いていた。その夢に向かって、海外でのワークショップも展開予定だ。

これからも平井さんは、奈良の文化を大切に守りつつ、奈良の人たちと共に新しいかたちで未来へ繋いでいくに違いない。

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