2022/05/23 11:06
春川悠
ほっと息つくご褒美を!月に一度しかオープンしない激レアカフェ【60珈琲】
街を見晴らす絶景ビュー。ゆったり座れる店内のテーブル席も、大きな窓から豊かな自然を感じる開放感あふれる空間だ。
月に一度、山の上にオープンするサイフォン珈琲店がある。舞台は奈良県の生駒山麓にある人気レストラン「ラッキーガーデン桜エリア」。同店の元スタッフ二名が手掛けるこの店「60珈琲」では抜群のロケーションの中、珈琲片手に寛ぐ贅沢な時間を味わえる。「一日の中でも人生の中においてもほっと一息つく時間は大事」と話す二人の、これからの軌跡と見据える未来についてお話を伺った。
縁がつながる場所、60(ロクマル)珈琲
「3年後にオープンします。お店の名前は“60(ロクマル)珈琲”」
「もしも珈琲店を開くなら」というお題で発表した店主のヒロコさんの言葉は2020年6月、現実になった。鞄と帽子屋として活動する「m2×3(エムツースリー)」とヒロコさんが共同で主催しているブックイベント「本と歩く」。「珈琲を哲学」をテーマにした回で、企画の一つとして行われたのが「妄想喫茶」だ。参加者一人ひとりが自分の珈琲店の妄想を膨らませ、絵に描き、言葉で紹介し合った。
その時既に、ヒロコさんの胸の内には60珈琲の原点である「60歳から人が集まり、つながる場所をつくりたい」という想いがあった。それを正に具現化したのが、「60珈琲」と書いて「ロクマルコーヒー」と読む印象的なネーミングだ。
木製の趣きある立て看板は60珈琲ヒロコさんの知人からのプレゼント。60珈琲出店の目印だ。
「60歳って、いわゆる定年ですよね。定年を迎えたらって漠然と考えていました。ある日ラジオを聴いていたら、とある女優さんが誕生日を迎えられたお話をしていたんです。幾つになったんですかというパーソナリティからの質問に対して、その女優さんが“ロクマル”って答えたんですよね。その響きがむっちゃかっこいいなと思って。60歳でロクマル。あぁ、そういう言い方あるんやなぁと思って」
いつか人が集う場所を持つなら名前はロクマルにしようと心に決めたのはその時だ。
「六を漢字で書くと末広がりになって、マルは円になる。人と人とが出逢って、末広がりにつながっていき、それがまぁるい縁になっていったらいいなという思いを込めています」
そばには、スリランカ料理店ラッキーガーデンのカフェ・ヤギや羊の小屋・ギャラリー・アニマルランのスペースが。イベントも多数開催。
ヒロコさんがお茶の時間の大切さを感じるようになったのは、子どもの頃母に連れられて通った喫茶店の思い出が関係しているかもしれない。
「母は喫茶店が好きで、私が小学生の時分から近所のいわゆる純喫茶に通っていました。学校が終わったら毎日連れて行ってもらっていたんです。珈琲が好きなのもあったけど、きっと一息つくために行っていたのだと思います。こうして珈琲店を開くとは当時はもちろん想像していなかったけど、そういう場面に自分が居て育ってきた記憶が身体のどこかにあったのかもしれないですよね」
柔らかな光に包まれ珈琲の湯気がよく映える店内のテーブル席。穏やかな時が流れる世界観に浸りながら飲む一杯は格別。
一杯の珈琲で心が安らぎ、つながる体験を通して、「珈琲はまるで魔法だな」と感じていたとヒロコさんは話す。
「人の集まる場所をつくりたい。お茶の時間を大切に、珈琲屋さんがしたい。いつからだったか、そんな思いが膨らんでいきました」
思ったらまず言葉に
ラッキーガーデンで出逢ったヒロコさん(左)と愛子さん(右)。60珈琲の始まりもこの場所だった。
形になる前から積極的に言葉にするのは、ヒロコさんが心掛けていることだ。
「私の妄想喫茶の発表を聞いて、“60歳なんてまだまだ先やん。今からショップカードとかSNSアカウントとかつくっちゃうといいよ”って背中を押してくれた参加者さんがいました。だからその日、帰宅してすぐにInstagramのアカウントをつくってみたんです。そうやって、まずはとにかく一歩踏み出して、二歩目、三歩目は歩きながら色づけしていきます。その方が楽しいじゃないですか。“思ったことはとにかく口にするのがいいよ”と、私たちが以前勤めていたラッキーガーデンのオーナーに昔から言われていたんです。とにかく言葉にする。発信していたら思ってもいないところから情報が集まってくるし、できてから言うんじゃなくてやろうと思っていることを思った時に言うのがいい。それは、自分で自分を奮い立たせる意味もありました」
ふとそろそろ本格的に動き始めてみようという気になって、周囲に口にし始めたのが2019年秋頃。そんな時に仲間に加わったのが、愛子さんだった。
「二人とも60珈琲とは別に仕事をしているので、できるところから。でも半年に一回、三ヶ月に一回では物足りない。月イチだったらできるんじゃないかと落ち着きました」
「愛ちゃんはラッキーガーデンの元同僚なんです。ある日何の意図もなく久しぶりにご飯でも食べようということになりました。その時、60珈琲のことや“2020年は動く!”と意気込みを打ち明けたんです。そうしたら愛ちゃんが“ぜひ一緒に”と言ってくれて。そこからはトントン拍子に話が進みました」
いずれはとの気持ちはあったものの、一人ではなかなか踏み切れなかったヒロコさん。愛子さんの存在はとても大きく、「“よし!”と一気にスイッチが入りました」と当時を振り返る。
二人には「人が好き」という共通点がある。人との関わりに喜びを感じるのは、ラッキーガーデンで共に働いていた頃から変わらない。そんな二人にとって、始まりの場所にラッキーガーデン桜エリアを選んだのはごく自然なことだった。
「場所も人もよくよくわかっているし、なによりもここが好き。このロケーションでお茶を飲む姿やサイフォンのフォルムが画として浮かんで、絶対に素敵だなと確信したんです。この場所に人が集まって、知らない人同士もつながっていったらいいなぁと思いました」
「ここから始めたい」という想いをラッキーガーデンのオーナーに相談すると、「やりーや」と快い返事。周囲からの頼もしい支えがあって店は形になった。
夢が現実味を帯びた頃、思い出したのが3年前の「妄想喫茶」を機につくったきりすっかり忘れていたInstagramアカウント。ヒロコさんはそこに記された「2020.春 60(ロクマル)珈琲Open」の文字を目にすることになる。こうして見えない力に後押しされるかのように、60珈琲はオープンした。
珈琲の師匠、自家焙煎珈琲店Cauda
60珈琲の二人が実は最初は珈琲が飲めなかったと聞いたら驚く人は多いだろう。そんな二人が珈琲店を開くに至るほど、大きな影響を受けた一杯がある。西大寺の平城宮跡のそばに佇む自家焙煎珈琲とスイーツの店「Cauda(カウダ)」の珈琲だ。「飲み物で感動したのは初めて」「色々飲んでいるけど、Caudaさんの珈琲が一番」と二人は口をそろえて絶賛する。
Caudaオーナーの杉坂さんは二人にとって師匠的存在であり、豆の仕入れを行うなど今なお親交は深い。
60珈琲ではCaudaから仕入れた豆を使用。アドバンスドコーヒーマイスターなどのライセンスを持つCauda杉坂さんが厳選し、自家焙煎している。
「60珈琲オープンの何年も前から通っていて度々“珈琲店をやりたいんです。いつかやる時は教えてくれますか”と話していた私に、マスターはいつも温かく“いいですよ”と返してくださっていました。愛ちゃんと二人で赴き、“実はいよいよ始めようかと思ってるんですけど、教えてくれますか?”と聞いた時も二つ返事で引き受けて、それはそれは丁寧に教えてくださったんです。感激と感謝でいっぱいになったのと同時に、このご好意を胸に珈琲に向き合っていこうと思いました」
待ち時間にも魅了されるサイフォン珈琲
ドリップを差し置きいきなりサイフォンを始めることに尻込みしていた二人の背中を「大丈夫ですよ。やりたいんやったらやったらいいじゃないですか」と軽やかに押したのも師匠のCauda杉坂さん。
60珈琲では、少し低めの温度で濃く出して瞬時に冷やすアイスコーヒー「冷珈(レーコー)」はネルドリップで提供。それ以外はサイフォンで珈琲を淹れている。サイフォン珈琲の魅力はその佇まいにあるとヒロコさんは語る。
できあがりを待つ間もついつい眺めてしまう。ボウルの濃褐色と共に心まで満たされていくような贅沢なひとときだ。
「なんと言っても見た目が素敵です。フォルムが美しくて、炎が見えて、綺麗な硝子ボウルの中でポコポコ音を立てて沸いて……珈琲ができあがるまでの待ち時間さえも引き込まれ、癒されます。私、つくづくイメージ先行型なんですよね」
そう言って笑うヒロコさんとサイフォン珈琲との出逢いは、母と喫茶店通いをしていた頃に遡る。
「緑のクリームソーダの上にアイスクリームがのっているような喫茶店が、ある時リニューアルしてサイフォン珈琲店になったんです。実験道具のようなサイフォンを目にして、どうなってるんだろうと子どもながらに興味をそそられました。思えばサイフォンに魅せられたのはその頃からだったと思います」
豆も食器も選べる楽しさを
選ぶ楽しさがある選択肢を用意するのも、60珈琲が大切にしている取り組みの一つだ。なるべく売り切れを出さず遅い時間の来客にも選んでもらえるように量は多めに仕入れているのだと愛子さんは明かす。
取材日はニューフェイス「ドイチャン」が登場。「ドイ」はタイ語で「山」、「チャン」は「象」を表すのだそう。どれにするか迷ったら相談を。
「お好みに合わせて選んでいただけるラインナップをCaudaの杉坂さんに相談して仕入れています。基本用意しているのは、浅煎りで酸味があるタイプ、どっしりしたタイプ、そして中間くらいのほど良いタイプ。この3種をベースにちょっと面白い豆や新しい豆をメニューに加えています」
気に入った豆は一部購入もOK。自宅でも60珈琲を味わい、余韻に浸るのも愉しい。
どの珈琲にするか、菓子とのペアリングで選ぶのも◎。この日並んでいたのはオレンジとヘーゼルナッツのフィナンシェ。
選べるのは豆だけではない。珈琲を入れるカップも寛ぎの時間を演出するアイテムだ。
街の喧騒から離れた異空間。四季折々の自然を感じながらご褒美のような時間に身を委ねよう。
「統一するより色々なデザインがあった方が楽しいかなと考えたり、その器を手にして珈琲を飲むお客様の表情を想像したりして選んでいます。今はこの田舎っぽい素朴なロケーションに対して、あえて土気のない洗練された雰囲気がある器を選んでいますね」
オープンエアーなテラス席を満喫するも良し、テイクアウトで散策しながら飲み歩くも良し。マイボトルにももちろん対応。
胸高鳴る新たな一歩
人と人とがつながり、縁が円となっていく場所、60珈琲。生駒山麓での月に一度のオープン以外は不定期で出店を行っていたが、遂に店を構える計画が動き出そうとしている。
「今年は動こうかなと物件を探しています。まだ具体的には決まっていないのですが、次に向けて公言しながらやっていくのが私たちなので」
そう笑顔で話す二人は、師匠のCauda杉坂さんから言われた「大人になってドキドキできるって良いじゃないですか」という言葉を今も正に体現しようとしている。これからの活動がますます楽しみな彼女たちに、読者へのメッセージをいただいた。
メニューや出店情報、今後の活動はInstagramをチェック。
「日常の中でほっとひと息つく時間は、心を和らげ自分に戻る大切な時間です。珈琲を介して、そんな時間と場所をこれからもつくっていきたいと思っています。“月に1回を自分へのご褒美の時間と思って楽しみにしてる”って言ってくださる方がいるんですね。それは私たちにとって、本当に願ったり叶ったりで。ここが誰かの心がほぐれる時間と場所になったら、本当に嬉しいです」
店舗情報
60珈琲
- 住所/奈良県 生駒市鬼取町 168
- 電話/-
- 営業時間/不定期にイベントなどに出店。最新情報はinstagramで確認を。
- 定休日/不定休
- 駐車場/なし