2022/02/01 07:30
春川悠
エンジニアが直接指導。生駒市のプログラミング教室「エヌキッズ」
2020年、小学校で必修となったプログラミング。学びを通し「論理的思考能力」「問題解決能力」「創造力」といった「21世紀型スキル」を養えるとして、今熱い注目を集めている。
「プログラミング教室」と名の付くスクールは、確かに増えてきた。しかし一方で、プログラミングの本質から創る楽しさに至るまでを子どもが主体的に学べる環境を探すのは、まだまだ難しいのが現状だ。単純な正誤問題ではなく幾通りも解のあるプログラミングを教えるには、相応のスキルが求められる。
それを可能にしている教室が、今回紹介する生駒市の「エヌキッズ」だ。「エヌキッズ」では、ビジュアルプログラミング言語から本格的な言語・開発ツールまでをもカバー。プログラミングは勿論のこと、ゲームのシナリオやイラストなど一人一人の個性に合った切り口でアイデアを形にする力を育める。なぜ子どもの個性に合わせて柔軟に、そして本格的なプログラミング教育を提供できるのか。その答えは、講師・浜口典子さんの10年間に渡るプログラマーとしての実務経験が地盤にあった。
「エヌキッズ」代表であり講師の浜口典子さんに、教室の取り組み、子ども達の様子、そしてプログラミング教育についてお話を伺う。
楽しい!からはじまる、アイデアを形にできる力の育成
「何かを創るのは楽しいと子ども達に知ってもらいたいのが一番」。教室のコンセプトを問われて開口一番にそう答える浜口さんは、自身も子を持つ母。保護者の願いや教育的なカリキュラムを踏まえながら、まず子どもを主役に置いた視点を忘れない姿が印象的だ。
エヌキッズのほか、奈良市立一条高校プログラミング部講師も務める浜口さん。これまで200人以上の子ども達にプログラミングを指導してきた。
「楽しみながら学んでいく過程で、21世紀型スキルも身に付きます。プログラミング教育は、将来プログラマーにならなくとも、プログラミングを学ぶこと自体に意味があると捉えられているんです」
「21世紀型スキル」とは、国際団体「ATC21s」が提唱する変化の激しいグローバル社会を生き抜くために必要な能力のこと。創造力から思考力・コミュニケーション・情報リテラシーに至るまで、そのスキル要件は多岐に渡る。教材学習やオリジナル作品制作をはじめ、グループワーク・作品発表会など、「エヌキッズ」では力を育む多彩なカリキュラムを用意。いずれにおいても、「子どもが楽しみながら」という観点は決して忘れない。
「学習塾は楽しくなくても続けなくてはならない面があるかと思います。でも、習い事は楽しくないと続かないものです。だから、1から10まで完璧に理解させようとはしません。3割くらいはわかっていなくても“次行こっか”という調子で、ゆとりを持たせて進めています」
コロナ禍では感染対策を徹底した上、運営されている。(ISTAはばたき教室)
楽しさと学びを両立できる鍵は、浜口さんが持つ生徒目線にあった。
「以前、テニスを習っていたんです。あるコーチから、手の角度だとか細かいところを何度も指摘されて。緊張して身体が余計に強張ってしまったのを覚えています。別のコーチは、“それはもうそんなもんでいいわ。楽しくやり”と、ほどほどのところで先のステップに進めてくれたんです。どちらが正解だとかはありませんが、私が“楽しい”、“もう一回やりたい”と思ったのは後者のコーチでした」
指導する立場になってからも、こうした生徒目線を忘れない浜口さん。クラスの子ども達と年月を重ねながら丁度良い塩梅を探って、今のスタイルに辿り着いたのだそう。
「焦らずとも続けるうちにわかってくるんです。子どもは一度“わからない”という思考に陥ると、わかっていたことまでも余計にわからなくなってしまう。先生が横にいるだけで、若干緊張しますよね。プログラミングを楽しいと感じてもらったら、徐々に身に付いていきます。全くわかってなかった子が、ある日突然スイッチが入ったかのようにできるようになることもありました。だからカンカンに詰め込まなくていいのだと、私自身教室を運営しながら気付いたんです」
プロエンジニアだからこそ実現できる巧みなカリキュラム
エヌキッズで子ども達がまず触れるプログラミング言語は、視覚的に操作できるビジュアルプログラミング「Scratch」だ。その理由を、浜口さんは次のように語る。
「2017年のエヌキッズ開校当時、一番メジャーな教材だったのでScratchを採用しました。選択肢が増えた今、改めてプログラミング教育にはScratchが最適だと実感しています」
MIT(マサチューセッツ工科大学メディアラボ)が開発したビジュアルプログラミング言語「Scratch」の画面を説明する浜口さん。
プログラミング教育でよく耳にする「Scratch(スクラッチ)」「Minecraft(マインクラフト/略称:マイクラ)」は、そのルーツに違いがある。ゲームからプログラミング学習に派生したMinecraftに対し、そもそもプログラミングを勉強する子ども向けにつくられたのがScratchだ。
「Scratchだと10個ステップがないとできない処理が、マイクラでは便利な部品を1つはめるだけでポンとできてしまうんです。プロの世界でも便利な部品の寄せ集めでプログラムを組んではいるのですが、部品の中身がどうなっているのかを知るのは大切です。Scratchは一見面倒ですが、部品づくりも学ぶことができます。プログラミングにはいくつもの言語が存在しますが、書き方や得意分野が違うだけで原理・原則は一緒なんです。Scratchは、その原理・原則を学ぶことができます」
夏休み期間のワークショップではマイクラも取り入れている。オリジナルゲーム機づくりやPythonでのコーディングなど、発展的カリキュラムも用意。
エヌキッズが原理・原則を大切に据える姿勢は、無料体験教室においても変わらない。体験教室は、「プログラミングって何ができるの?」という問いかけから始まる。小学校でプログラミングが必修化された現在においても、この問いに答えられる子どもはほとんどいないのだという。身近な活用事例を切り口に会話を交わしながら、プログラミングの概念・基本操作をインタラクティブに学習。その上ゲームを完成させるまで1時間で収めてしまうというのだから、非常に内容の濃い体験教室だ。
無料体験教室でのゲーム制作画面。プログラミングの部品をマウスで組み合わせていくので、視覚的にわかりやすい。
「ゲームをつくるのが一番楽しいので、体験教室においても自分のつくったゲームをプレイするところまで盛り込むようにしています。体験教室でつくるのは、ネコをキーボードで操作して突進してくる犬を避けるというめちゃくちゃしょーもないゲームなんです(笑)。でも、子どもは夢中になって遊びます。自分がつくったゲームだから」
遊びながら自然とプログラミングの基本を体得できるのは、エンジニアがクラスを受け持ち直接指導するエヌキッズならではの強みだ。キーボード入力もままならない状態で入った生徒の中には、既に本格的なプログラミングへ歩みを進めている生徒も少なくない。
ポケモンGo・ドラゴンクエストVIIIなど、プロのゲーム制作現場で広く用いられている開発環境「Unity」。その「Unity」でのゲームづくりに用いる本格的なプログラミング言語「C#」。エヌキッズでは、興味・関心を育む土台づくりのみならず、プログラミングをより深く学べる受け皿も用意している。
PCはレンタルも可能。保護者のPCと分けたいとの希望から、利用者は多いのだそう。(北大和教室)
「プログラミングって正解は一通りでは無いんです。解がないのがプログラミングのいいところ」と魅力を話す浜口さん。プログラミング教育では、テキストにはない答えが子どもから出てくることが少なくない。教材には載っていないからと「×(バツ)」をつけることなく、答えのない課題や子どもの関心を発展させることができるのは知識と技術があってこそだ。
「ゲーム作りは自分の考えを投影できます。テクニックが追いつかないアイデアを思い付く子もしばしばですが、私が手伝ってゲームとして形にします」
浜口さんがサポートするのは、プログラミング技術だけではない。どういう作品をつくっていいかわからない子には教材、絵が得意な子にはゲームのキャラクターづくりなど、個性に合わせて自分の好きなところを深めていくことができる環境を整えている。
「市販のゲームにおいても、シナリオを考えて、絵を描いて、プログラミングする少なくとも3つの工程が必要ですよね。それを全部自分一人でできたら面白いし、得意分野を深めても良い。講師を務めている高校のプログラミング部の生徒の中にも、シナリオ担当の子がいます。エヌキッズの生徒の中にも絵が上手な子がいて、ペンタブやドット絵アプリで自ら描いたキャラクターをScratchに取り込んでプログラミングで動かしていますよ」
教育内容への深い知見と子ども達への温かい眼差しが、興味の種を摘むことなく伸びやかに育んでいく。
「楽しいゲームであるよう心がけつつも教育的な観点など、こちらとしては色々考えます。でも子どもはそんなことお構い無しで、万引きゲームとかを平気でつくってくるんです(笑)。店員の目を盗んで買い物するものの最後はちゃんと会計したり、脱獄するゲームのクリア画面で脱獄者が監視に捕まるエンディングにしていたり、子どもなりにちゃんと考えてあって面白いんですけどね(笑)」
盛り上がる仕掛けがいっぱい。季節イベント
チームをまとめるリーダーシップ、周囲との協調性、決められた時間内に完成させる力、プレゼンテーションスキル。様々な力が遊びの中で身に付くイベントも、エヌキッズに通う生徒達の楽しみだ。
「プログラミング甲子園」は、毎年夏に開催。午前10時から夕刻までの限られた時間の中で、チーム単位でゲームを完成させる。午前中はブレストの時間。どんな作品をつくるのか、ダウンロードしておくべき準備物はあるかなど、子ども主体で決めていく。
アイデアを書き出すブレインストーミングの様子。ディスカッションし、解決策をチームで導き出していく。
お昼休憩を挟んだら、いよいよゲーム制作を開始。
「大作は無理なので、どの程度のボリュームで収めるかも作戦のうち。子ども達もその辺りちゃんと考えますよ」
個人制作とはまた違った課題と楽しさがあるチーム制作。「プログラミング甲子園」というネーミングも気分を盛り上げる。
そう話す浜口さんは、ゲームをつくり上げられるスキルでチーム分けを行うなど、影ながら支え完成まで導く。
クリスマス近くに行われる「ゲーム大会」は、クラスメイトと家族一緒になって思いきりゲームを楽しむ特別な日。コロナ禍の2年間は、オンラインでのタイピングイベントが開催された。戦略が試されるルール設定にしたり、実況者を募ったりと、場を盛り上げる企画は秀逸だ。
年度末には、オリジナルゲームをクラスメイトに披露する「発表会」が行われる。一年目は作成したスライドを基に説明するプレゼン形式をとっていたが、現在はやり方を変えたのだと言う。
「恥ずかしがり屋さんが多くて、ゲームはつくりたいけど発表したくないとの声があったんです。プレゼンテーションすることと、自分の作品をわかってもらうことと、大事なのはどちらなのかを突き詰めて考えました。そこであみ出したのが、“ゲームセンター方式”です」
会場にゲーム制作者一人あたり一つ長机を配置し、来場者全員にゲーム券を配布。ゲームセンターの係員としてブースに立ったゲーム制作者は、ゲーム券と引き換えに来場者にゲームをプレイしてもらうという仕組みだ。
ゲームセンター方式での発表会の様子。自分の制作物を披露する貴重な体験ができる。
「“こんなに集まったよ!”と子ども達が大喜びでゲーム券を見せてくれて。エヌキッズのイベント参加は全て希望制にしているのですが、ゲームセンター方式にしてから発表会の参加者が随分増えました」と笑顔をこぼす浜口さん。ゲーム券がたくさん集まった人気ゲームは、制作者OKが出れば教材に取り入れることもあるのだそう。
「他の作品を見て刺激になるし、自分のゲームを成果として示すのは自信にもつながります」
好きを仕事に。講師・浜口さんの歩み
浜口さん自身がプログラミングの道に足を踏み入れたのは、ほんの些細なキッカケからだった。
「進路に迷っている頃は、どちらかと言えば文系と称される科目が得意でした。でも、親からなぜか“文系に行くなら学者になるしか道はない”と言われたんです(笑)。学者は難しそうだから、理系で選ぶなら……と考えを巡らせた時、“プログラミングできたらかっこいいな”と思い付きました。当時マトリックスもブームだったし、モニターに囲まれてカタカタカタッてできたらって、ただそれだけです(笑)」
大学の工学部情報工学科に進んだ浜口さんは、はじめからプログラミングに魅力を見出していたわけではない。
「学生時代は難しいとしか思わなくて。自分がつくったものが形になる喜びはあれど、プログラミングのことをちゃんと理解したのは会社でプロジェクトに入ってからです」と、当時を振り返る。浜口さんは大学卒業後、通信機器メーカーでシステムエンジニアとして10年間勤務した。
「ホームセキュリティの端末をつくっていました。組み込み系と呼ばれる仕事です。コードはずっと書いていましたね。世の中に自分がつくったものが出ることがすごく嬉しかったことを覚えています」
残業や土曜出勤を重ねながら仕事に明け暮れる浜口さんに、出産という転機が訪れる。
「産後復帰して一年間は正社員として働きました。でも土曜も出勤して、夜泣きする子どもを抱えながら仕事を持ち帰って……どうにも立ち行かなくなったんです」
浜口さんは定時で帰宅できる仕事に就こうと、仕事と家事・育児に追われるかたわら簿記の資格を取得。プログラマーを離れ、税理士事務所の経理事務に転職した。定時で帰宅でき、収入もある。求めていた条件はピッタリなはずだった。しかし、浜口さんはどこか物足りなさを感じていた。
「忙しさに埋もれて、自分がプログラミングしたものが世に出てやっとホッとする……プログラマーだった頃はそんな毎日で、特段プログラミングを楽しいと自覚したことはなかったんです。でも時間が早く過ぎないかなんて考えたことはありませんでした。離れてみて初めて、プログラミングって楽しかったんだなと気付いたんです」
「好きなことを仕事にしたい」「子どもとの時間を大切にしたい」二つの想いで揺れる浜口さんの背中を押したのは、お兄さんの言葉だった。
「“プログラミング教室やったらええやん”と言われて、“あぁ、その手があったか”って(笑)。やってみた結果、私にはこれが一番合っていました。後になって気付いたのですが、私は小学校の卒業アルバムの夢に“学校の先生”と書いていたんです」
知らず知らずに夢を叶えていたことに感慨深くなったと笑う浜口さん。中学校に通う年頃の生徒には、こうした仕事や夢の話もするのだそう。
「私自身が失敗をしたからこそ、好きを仕事にできるってすごいことだと思うんです。プログラミングは今、社会に必要とされています。だから好きなことがプログラミングであることは、実は得しているんです。プログラミング好きな子にとっては、いい世の中が待っています。自分や社会に必ず役に立つプログラミングを、楽しみながら学んでもらえたら嬉しいです」
生徒の利便性などのリクエストに応え、教室は3会場で実施。(真弓教室)
エヌキッズ(ISTAはばたき教室)
- 住所/奈良県 生駒市上町 1543
- 電話/090-8986-7210
- 営業時間/毎月第1・3水曜日 09:15~18:00 毎月第1・3土曜日 15:00~20:00
- 定休日/最新の情報はWebサイトよりご確認ください
- 駐車場/ISTAはばたきの駐車場を利用可