2019/07/24 01:00
Vol25.北岡本店「やたがらす」「桜樽酒」醸造部部長 杜氏 夏目大輔
若き杜氏の勢いと覚悟で、蔵は新たな過渡期を迎えたようだ
念願のサーマルタンクを前に立つ夏目大輔杜氏。手にする酒は自社酵母を使った「桜樽酒」。
新たな看板を掲げ、全ての酒質を上げたい
北岡本店、醸造部のトップ。酒の指揮官たる夏目大輔杜氏は、取材時30歳。
数日後、31歳になった。
だが杜氏を継いですでに4年。能登杜氏であった前任者が別部門に移り、大卒で社員として蔵に入って5年目、27歳の若さで抜擢された。
杜氏となった醸造初年度に全国新酒鑑評会で金賞を受賞。2年、3年、4年と連続入賞を続けている。
その勢いには覚悟がある。
「僕の使命は北岡本店の全ての酒の酒質を上げること」。
きっぱりと迷いは無い。
「念願のサーマルタンク(品温制御の冷却タンク)。3基入れてもらいました」。
タンクの前で満面の笑顔で語る。
元は万石蔵。大きな蔵の中で、今は1000石を小仕込みで丁寧に醸す。そのため、杜氏となってこのかた、蔵の設備を最新の小仕込み用に次々と切り替えてきた。
杜氏を継いだ時、この蔵に新しい看板をつくろう、と決めた。北岡本店といえば「やたがらす」である。長年愛されてきたこの酒は、蔵の大事な守り酒。その上で、昔ながらの酒「やたがらす」を超える新しい看板をこの手で上げたい。
蔵は吉野川沿いにあり、きれいな風が蔵を通り抜ける。蔵人お揃いのTシャツは、夏目杜氏のデザイン。
これまで前杜氏からの学びをしっかりと再生してきた。
酒造りを真摯に思うゆえ、醸すたびに怖さに震え、その怖さを打ち消すように一つ一つ「真剣に、そしてがむしゃらに」取り組んできた。
その怖さも「ようやく取れてきたところ」。「でも、まだ未熟」と引き締めつつも、その間、湧き上がり、溜め込んできた思いに昨年から挑みつつある。
新しい酒への挑戦、である。
時代に合う酒を造ろう
北岡本店の元祖の酒は、吉野山の林業に携わる人を癒す、濃く甘い酒であった。
今はどうか。今、この蔵に求められる癒し酒を造りたい。
その一つが桜酵母の酒。
東京大学医学博士の宮谷氏により開発された桜酵母を用い、試行錯誤を重ねて生んだ自社酵母の酒である。
吉野杉樽に肌添えして香りを移す。「たる樽」は「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」金賞受賞酒。
「やたがらすは近年、東京には出ていませんでした。今、中央から発信し、そこで得た評価を地元に持ち帰り、こんな酒が奈良にあるんやと地元の人に喜んでもらえたら」とこの先へ、期待を胸にふくらませる。
ただし「酵母はまだ不安定で育てているところ」。優良酵母に育て上げ、ゆくゆくはNB(ナショナルブランド)として打ち出したいと考えている。
その流れで試験的に自社のNBとしてリリースしているのが、「桜樽酒」。
なんと自社桜酵母を使い、独自の製法で樽に桜の葉の香りを移した、まさに桜×桜の、こちらも新しい樽酒である。桜の葉ゆえ、桜餅のような風情ある“おいしい香り”がするという。
いずれは北岡本店を代表する、たる酒の新しい顔になればと願いを掛ける。
こちらも酒屋にはまだ卸さず、蔵の店舗での販売のみ。
「桜の時期には金峯山寺参道の店にも出して、花見客に喜んでもらえれば」。
それにも増して、まずは何よりこの桜酵母をしっかり育てることが大事だと前を向く。
北岡本店の北岡篤社長は吉野町長でもある。「日本文化を守るためにも伝統的な酒造りを継承しつつ、コミュニケーションツールとしての酒の役割りを果たしていきたい」
夏目杜氏の出身は岐阜という。なぜに吉野で酒造り?
「海なし県の風土が似ていて奈良県立大学へ。実は警察官志望でした」。
ところが居酒屋でバイトをするうち、奈良酒の魅力に目覚めて「清酒発祥の地」で造り手を目指すことに。
「両親の反対を押し切って」と振り返るが、杜氏になって一番喜んでくれたのも両親であった。
今は奈良の女性と結婚し、すっかり奈良酒の杜氏の顔に。ここ北岡本店で「ずっと目指す酒を醸していたい」と思っている。
パールパウダー入りやお茶のリキュールも。紅茶のリキュールは紅茶の本場、英国企業主催の国際品評会「ザ・スピリッツ・マスターズ」で部門最高賞に輝いた。日本企業として初の快挙である。
蔵はリキュールにも力を入れて、1000石の清酒とは別に製造する。
果実はもとよりジャスミン茶などお茶シリーズや桜花入りなど多種多様。
国際的な賞も受賞する。
「お酒は豊かな人間関係を生む有益なコミュニケーションツールで、人々の幸福につながるもの。生産者が心を込めて作った農産物を使い、多くの年代に好まれるリキュールを造ることで、より酒蔵の使命が果たせる」と北岡社長は考える。
若い世代にも人気を呼んで、清酒も負けてはいられない。
まずは全ての酒の酒質を上げ、その先は新しい時代の酒造り。
「ワインで言うテロワール、吉野の風に吉野の水。深い自然風土に思いを込めた吉野らしい酒、既成概念にとらわれない新しい発想の酒を造りたい」。
近頃では当初胸に誓った「新しい看板」にこだわらなくなった。
看板は飲んだ人が決めてくれるだろう。
それよりも、目指す酒を造りたい。造りたい酒はたくさんある。若い杜氏があれもこれもと見る夢は、日本酒の新しい未来につながっているようだ。
左から吉野杉の樽で寝かせた「たる樽」。地元農家が栽培した山田錦を用いた「大吟醸 八咫烏」。桜酵母で醸した純米酒「桜樽酒」。
株式会社 北岡本店
- 住所/奈良県吉野郡吉野町上市61
- 電話/0746-32-2777
- 営業時間/
- 定休日/無
- 駐車場/なし