2018/08/22 01:00
Vol14.葛城酒造 醸造「百楽門」蔵元杜氏 久保伊作
冴え冴えと辛口雄町蔵。裏も表も完全復活
左から純米大吟醸原酒ひやおろし、表の「冴」に裏の「冴」
ク〜ッ、このノド越しがタマらない。
ビールのCMじゃないですよ。まったく違う。
キリリと冴え冴え、ビリビリした辛さはなく、旨味がじんわり臓腑へと沁み渡る。
葛城酒造の看板酒「百楽門」の「冴」である。日本酒度は+10〜+15あたり。
生も火入れも、冷やも燗もぬる燗も、「これで無くては」と、それぞれにファンがつく。
ふくよかリッチな雄町米は発酵中もよく溶けて、甘めで止まる。
そこをキレよしコクあり旨味十分、こりゃ雄町だ、と雄町好きが深くうなづくパンチの効いた超辛口に仕上げるのが蔵の味。辛口旨口の雄町蔵である。
平成28年、休蔵を発表した。
奈良の酒飲みに衝撃が走る。
あの「百楽門」が。
もう飲めないのか。最後の「百楽門」だと酒屋に走り、涙して飲み干した人もいただろう。
理由は杜氏の不在。
長らく務めた名杜氏が高齢で退き、そのもとで修行を重ねて継いだ頼りの杜氏が病に倒れる。
ちょうど造りが終わったころ。
「もう、これまでか」。残るは我が身一つ。
かつては1万石を醸した蔵の当主、久保伊作社長は「後が無い」と覚悟した。
ところが発表後にとある酒の会に招かれた。
「なんて、うまい酒なんだ」
オールドルーキー、蔵元杜氏の誕生
並ぶ酒に「百楽門」があった。
飲んでみたら、ものすごくうまい。
純米吟醸の中汲生原酒、自慢の酒だ。
「あぁ、この酒をもう一度、飲みたいな」。
心底思った。
居合わせた客たちも口々に「もう一度」「頑張れんか」と言う。
突然思いがこみ上げた。
ただ純真に「この手でこの酒を造ってみたい」。
できるだろうか。ただ一人でも。
「もう1回」挑んでみたいと盃を干した。
かつての名杜氏のもと、継いだ杜氏とともに5年間、造りは経験済みである。
なにより生まれながらの蔵の子だ。酒とともに生きてきた。
還暦過ぎての一念発起。オールドルーキー、蔵元杜氏の誕生である。
その「もう1回」。
一年休んだ間、すでに酒はすべて売り切れていた。
あるのは自分が新たに醸した新酒しぼりたての生原酒。
酒造年度29BY。社長杜氏の新・百楽門。
完売した。
次のリリースもすぐ完売。その次もまた完売。
29BY、これまでの全種が復活した。
「百楽門、完全復活」。酒飲みたちの盃が軍配がわりに高々上がった。
田んぼに米が育てば、必ず等外米はできる。農家と田んぼ契約をして丸ごと引き取る。農家も助かる。蔵も助かる。酒飲みは喜び、三方良し。
「百楽門」と言えば裏の顔。
「裏・百楽門」を語らずば、片手落ちであろう。
雄町米100%を磨いて純米、純米吟醸の造り。それが表の百楽門。
同じ米に同じ造りで裏となる。
ただし使うのは等外米。特定名称酒は名乗れない。
くず米とも言うが、米は米。雄町は雄町。
味が悪いわけではない。粒が小さく不揃いだったり、空だったり。
何が違うか。良い等級の米ならば全て同じに磨けるが、身の無い米は粉となる。
残った米の水の吸い具合もバラバラで、麹の造りも米を見ながら手間と時間と勘が要る。
「何が違う?それは皆さんそれぞれの舌で決めてください」と久保さんは笑う。
裏、コスパ最強。
裏、コスパ最強。
この声がもっとも大きく聞こえてくる。
値段ほどに味の差ナシ。
表はうまいが、裏もホクホクとおトク感も合わさりうまい。
全種に裏があるわけでなく、等外米のみの品種もあり、それには裏とは記さず、ただ雄町米とだけ記される。
今や「百楽門」の裏看板。
その誕生秘話は平成25年、雄町大不作の年にさかのぼる。
もとより蔵は雄町蔵。ところが注文の7割しか手に入らない。
違う米にしようかと悩んだ末に、等外米に手を出した。ラベルは裏にして値を下げてみよう。
これが当たった。
安くて、うまい。それはうれしい酒に違いない。
造りを終えた麹室。“新米杜氏”と若き新入社員一人。昔ながらの手造りで丹念に醸し、一切の労苦は惜しまない。
甘口もある。
きらきらのレインボーラベルは2年前、造りの香り付けに1本仕込んだものが、やたらうまく仕上がった。
大吟醸でも日本酒度は+4か+5という辛口蔵で、初の甘口。
酸が効いて、サラリとした甘さはこの蔵らしい味わいに。
「甘いのも、造れる」と言ってみたかったそう。ところが好評につき「甘口も造らないといけなくなってしまった」とドヤ顔でほくそ笑む。
濁酒も醸す。搾り、濾しをしない本物のどぶろく。かつて「新穀感謝祭(新嘗祭)」の御神酒にもなった水酛(もと)濁酒。菩提酛と同じ古式伝承の酒である。
おそろしく手間のかかる仕込みとなるが、一切の手間は惜しまない。
8月にひやおろし、9月に完熟純米吟醸を出す。どちらも一度の火入れ、8月までは冷蔵せずに熟成させる。
全酒が瓶詰め、瓶熟。醸造後、梅雨明けまで「絶対に冷蔵庫には入れない」。常温でしっかりと酒が丸くなるまで熟成させる。
それが百楽門の酒。それこそ百楽門の味。
広い大きな蔵である。
かつて月桂冠の下請け、桶売りをした最盛期は1万石。但馬から杜氏、蔵人が15人。毎日6トンの米が入った。
今は蔵元社長杜氏に新入社員1人、あとはボランティアの手を借りるのみ。すべてが手造り。昔からの蓋麹で麹を造り、醸すのは300石に満たないほど。
「天と地ですな」と笑うが、その顔は晴れやかだ。
「こんなにうまい酒を、また飲みたい」。
願いはその手で叶えた。
「あと1回」が未来に続く。
「百楽門」の名は、美しい奈良の自然を感じつつ、楽しい酒宴で心の門を開けようというもの。百の楽しい門、この1本が開けてくれる。豊かな心持ちで幸せに酔うとしよう。
葛城酒造株式会社
- 住所/奈良県御所市名柄347-2
- 電話/0745-66-1141
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