2018/01/31 17:35
Vol7.今西清兵衛商店 醸造「春鹿」社長 今西清隆
革新が、伝統を守る。深化を続け
「超辛口」はこれからも、うまくなる
春鹿は、まごうことなき奈良の酒である。食卓に鹿のラベルをドンと置き、ほろほろと酔いながら、つくづくホレボレそう思う。奈良を代表する銘酒を醸す、名蔵の一つであり続けてきた蔵である。
「奈良といえば鹿。日本の清酒発祥の地で、春日の神様の使いの名をいただいた。ありがたいことです」と語るのは5代目蔵元の今西清隆さん。
南都諸白(なんともろはく)という言葉がある。
室町時代から、奈良の寺院内では「僧坊酒」(そうぼうしゅ)が造られており 次々と画期的な技法が生まれ、日本酒はこの地で爆発的に進化を遂げた。
奈良酒は南都諸白と呼ばれ、最高の美酒としてその名を全国にとどろかす。栄えある歴史と伝統を蔵の魂とし、今また奈良から全国にとどろく酒を醸そうと挑み続けている。
春鹿といえば「超辛口」である
知らぬ居酒屋のノレンをくぐっても、「超辛口」があればヨシとする。
実に多くの飲食店で、ゆるぎない「定番」酒。
どんな料理にも合うすっきりキリリとした味わい。料理の味を壊さない、いやそれ以上に生かしてくれる人気酒。
約30年前に誕生したロングセラーにしてベストセラー。春鹿の根幹である。
若き蔵人24歳。麹の道具を洗う。まだ洗い場が主な仕事。麹室への道を目指して一つ一つ、磨く
先進の技術と挑戦が生んだ
ハイレベルなエリート酒
「こんな酒が造れるのか」。
約30年前といえば宅急便もSNSも無ければ地酒という言葉も無い時代。地方名産の頒布会が流行ったころだ。頒布会の問屋元が奈良の代表蔵として選んだ春鹿の辛口酒に驚いた。アルコール添加の甘い酒が一般的だった時代に、純米酒で酵母の限界に挑戦した、旨味のある辛口。全国にその名を知らしめた堂々の登場であった。
先進の技術と新たな挑戦から生まれるハイレベルなエリート酒は、昔も今も春鹿の信条であり得意とするところである。
「まだ私は20代でしたが、祖父が父に言った言葉を覚えています。東京に行けば日本が見える。日本が見えれば世界が見える」。この言葉が春鹿を世界にまで連れ出した。頒布会から海外進出も果たし、今は約15カ国に輸出する。
春鹿の蔵に入って26年。現役74歳、南部杜氏・古川武志さんの厳しい 目が光る
「超辛口」は春鹿の根幹である。
だがそれ以上に人気の酒も、バリエーション豊かに醸している。
華やかな吟醸香の「封印酒」や、しぼりたての生酒に熟成酒など。近ごろブームの木桶仕込みにいたっては約14年前、56年ぶりに復活させて、純米吟醸生原酒、4段仕込みに山廃、去年からは生酛も加わる充実ぶり。
「奈良は木桶仕込みの発祥地。ならば奈良の蔵が木桶仕込みをしないでどうするか」と力を入れる。
左からH16年醸造の秘蔵古酒、超辛口、旨口四段仕込、封印酒。
濃厚な旨味の木桶仕込みの一方で、軽くて爽やかな発泡純米酒「ときめき」も醸す。KinKi Kidsの堂本剛も好きな酒と挙げるなど、日本酒を普段飲まない人や若い世代にも人気の酒。
「イチゴを入れてもおいしいですよ」と今西さん。スナックにも合うからパーティ酒にもよさそうだ。
超辛口を根幹に枝葉を伸ばし、どの酒も引き立てあって、春鹿はバランスのよい大樹となる。
酒質の向上にまい進し、
造りごとにうまくする
今西さんは全国の名蔵との交流を密とする。酒の造りも最新機器も、良い情報はどんどんつかまえ、酒質の向上にまい進する。
たとえばロングセラーの「超辛口」も30年前と同じものではない。
しぼりたてなど1年前のあの味が忘れられないとお客さんが求めにくる。
「味は主観的なもの。思い入れが強いほど美化されている」。
だから酒質は上げねばならない。毎年の米も気候も酵母の活躍も変わる中、造りごとにうまくする。
「進化というより深化を目指しています。伝統は革新ありき。革新することで 伝統が守れる。昔の味に、しがみついてはいられません」。
もちろん「何より一番交流したいのはお客様」。ご縁を大切に、盃の向こうの笑顔を思って醸してきた。
女性に春鹿を飲んでもらいたい。日本酒好きの女性を応援しようと女性だけの酒の会を蔵元数社と東京で立ち上げたのは今から約17年前のこと。いち早く女性客をもてなした。
この会の大人気を受けて、「春鹿の会」を約10年前から立ち上げて、春鹿ファンを全国的に増やしてきた。
今やならまち巡りの名所の一つ。春鹿の利き酒は地酒愛好家にも外国人客にも大人気
その心意気があらわれるのが、約20年前から先駆け的に始めた酒蔵ショップでの利き酒体験であろう。
超辛口、新酒、純米吟醸、燗酒、原酒、にごり酒や発泡酒など、季節に合わせた5種の酒が利き酒できる。まさに「体験」と呼べるもの。奈良漬3種をつまみ、猪口までみやげにもらえて、なんとワンコイン500円。
猪口は今西さんのデザイン。底に鹿があしらわれ、正倉院宝物の白瑠璃碗をイメージした立体カットがきれいなガラス猪口。「マイ猪口として持ち歩いてもらえたら」と、春鹿の名は入れない。「ここで春鹿発見、日本酒発見してもらえたら最高にうれしいですね」。
次々と打ちだしてきた手は、もてなしの心から。
日本酒の戸口に立つものも、ディープな酒呑みも。春鹿ファンはますます増えそうだ。
歴史深い蔵の隣はこれもならまちの名所の一つ重要文化財「今西家書院」。喫茶や食事もできる
株式会社 今西清兵衛商店
- 住所/奈良県奈良市福智院町24-1
- 電話/0742-23-2255
- 営業時間/酒蔵ショップ 9:00〜17:00(利き酒受付は16:30まで)
- 定休日/年中無休(年末年始と盆をのぞく)
- 駐車場/なし