2017/11/22 01:00
Vol5.久保本家酒造 醸造「生酛のどぶ」「睡龍」社長 久保順平
生酛造り、完全発酵、熟成酒
深いコクとキレのある、女も惚れる男酒
生酛造りで名高い蔵である。醸されるのは深いコクとキレのある、米のうまみがしっかり乗った、とてもきれいな男酒。生酛造りといえばゴツイ酒と思われがちだが、女も惚れる男前な酒である。
温故知新。
うまい酒を求めて、蔵が江戸時代からの製法、生酛造りに舵を切ったのは、今から14年前のこと。
生酛造りは、今も一般的な市販の乳酸菌を使う「速醸酛」と違い、蔵にある自然の乳酸菌を生かして酒母を作り、酵母を強く育てて完全発酵に導くもの。速醸酛より倍以上の手間がかかり、温度管理など見極める目と技がモノをいう造りである。
生酛造り、完全発酵、熟成酒。今じわじわと脚光をあびる日本酒キーワードを平成15年からこの蔵は信条とし、まったくブレずに熱情を込め、真っ正直に突き進んできたのである。
老舗蔵が挑んだ温故知新の大冒険
久保本家酒造は、創業元禄15年、約300年続く老舗蔵。11代目を継ぐ蔵主の久保順平さんは元銀行マンである。家業は継がぬと遠い金沢大学に進学。大手都市銀行に就職して活躍するも、ロンドン勤務の折りに伝統の重みを遥か異国の地で思い、脈々と継がれたものを担う決意で酒蔵へ。
老舗蔵の大冒険はこの男との出会いから始まった。今も変わらぬ蔵の看板、加藤克則杜氏である。
当時の蔵は大手酒造の下請けだったが、このままでは先細り。小さな蔵が戦うには武器がいる。他に勝つ自社ブランドを醸したいと模索する中、「とにかくうまい酒がつくりたい」と一心に燃える、若くて情熱的な面白い杜氏がいた。
「もうそれだけで十分でした」。その男が生酛をするという。ならばと生酛造りに合わせて蔵の設備も蔵人も増強し、迎え入れた。それは生酛と蔵との敢然たる船出であった。
アチチの熱燗も「どぶジンジャー」もうまい「生酛のどぶ」
ゼロからの始まりは、躍進への道となる。“ゼロ”の蔵主は重圧を力に変えて、全国へ出た。美酒を醸す名蔵を回り、最上の酒造りを学び、それぞれの良いところを蔵に持ち帰る。
3年で全社員が入れ替わり、今は新卒しか採らない。「超衛生的な環境」を作り、設備もこの5年で全て入れ替えた。
「今に見ていろ」。古い世間の常識に、胸中で言い続けた。経験値ではジュニア。だが「こなれた人間より、心血注ぐ人間が命がけでつくった酒の方が絶対にうまい」。その思いは結実し、コンペに出せば全て上位受賞の注目蔵となるのである。
久保本家酒造といえば、多くの酒呑みがまずは「生酛のどぶ」とノドを鳴らす。濁り酒のイメージを変えるキレのある酒で、蔵の名を一躍有名にした酒である。
うまみと強みのバランスがよく、尖らずふくらみがあり、60度の熱燗でもへたれない。どんな料理にも合うが、揚げ物や肉料理にも抜群に合う。
炭酸割りの「どぶハイ」は威勢のいい乾杯酒に。友は「どぶジンジャーは危険。いくらでもイケてしまう」と笑う。
そんな遊びができるのも強健な酵母がしっかり働いた完全発酵のたまもの。揺るぎない土台があるから、好きに遊べど、うまみありきで生き躍る。
生酛の酒は5年から。盃が進む、酒呑みのための酒
生酛仕込みの「睡龍」は完全発酵から熟成した力強い味わいのある、酒呑みのための酒。コクとキレが良く、いくらでも盃が進む。この熟成は最低5年を基本とする。
「生酛は5年から」。それは加藤杜氏の信念であり、久保社長の決意と覚悟であり、蔵の肝となるものである。3年古酒と名付けられた酒が売れる中、早く呑めるどぶは別とし、5年のビンテージを基本に貫く。
自分たちがうまいと思う酒をひたすら醸す
言うは易いが行うは難し。「こんな小さな蔵で、こんなに在庫抱えて金貸せるか、と銀行さんに言われるんですけど」と元ヤリ手の銀行マンは笑って過ごす。それでも寝かせる。うまい酒のためならば。
「あかんと言うたら、加藤杜氏も蔵人もみんなやめてしまいますわ」と快笑する。その中には久保社長自身も含まれているようだ。
自分たちがうまいと思い、飲みたいと思う酒を渾身かたむけ醸す。一日の作業を終えたらみんなで酒盛り。このために醸す。これぞ本物。それがこの酒。
加藤杜氏「みんな生酛をすればいい」
今の主流はフレッシュでフルーティな甘い酒。それとは対極にある酒を醸して寝かせて、ここまで来た。
「完全発酵を目指したところ、一番生酛が合った。だから生酛。長期熟成でそれはさらにうまくなる」。これぞ久保本家酒造の酒であり、これからも変わらない。「寝かすことができる酒が面白い」と加藤杜氏は言う。
生酛は難しいと言うが、今は分析技術も進んだ。「みんな生酛をすればいい。そうすれば日本酒はワインに勝てるのに」と言い切る。生酛のふくよかさはワインに勝つ。「熟成に応えて、実はとてもバリエの深い酒ができる」。
そして生酛は雑菌も酵母もきれいに無くなったところで乳酸菌が自然に生えて交代する。ゴツイと思われがちだが、実はきれいな酒なのだとも。体になじみ、酔い心地がよく、呑んだ翌日もスッキリきれいに起きられる。それが真の生酛酒。
蔵人たちはそんな加藤杜氏の造りに心酔し、ともにひたすらに醸し、今日もまた、良き酔宴を迎えるのである。
右から生酛造りの辛口の濁り酒「生酛のどぶ」、生酛の純米吟醸「睡龍」は燗をつければウォッシュ系チーズとの相性抜群。左端の「初霞」は創業当初からの酒。速醸ながら完全発酵を目指す蔵ならではのスッキリしたうまみがある。
「それ以上は人にあり」300年の時が言う「まだ、これから」
「蔵は人なり」。久保社長は言う。その「人」のため、良い環境を整えるのが蔵元の使命と考える。
「一年の計は田んぼにあり。百年の計は山にあり。それ以上は人にあり。」これは代々継がれる久保家の家訓のようなもの。
「まだまだ、これから。300年の時に、そう言われている気がしています」。酒造りの芯はこれからもブレないが、蔵を良くする計画は、ふところに抱く。
温故知新の大冒険、生酛の蔵は、まだこれから、ますますうまくなりそうだ。
蔵に隣接した酒蔵カフェで人気の麹ドリンク。麹の甘さを思い知るうまさに感動。利き酒セットやランチもある。
株式会社 久保本家酒造
- 住所/奈良県宇陀市大宇陀出新1834
- 電話/0745-83-0036
- 営業時間/9:00~17:00
- 定休日/不定休
- 駐車場/100台