【奈良県木材協同組合連合会】〜美しい街づくりのために〜 家の外構に木材を使用しませんか?住宅会社選び ナラタテ 【奈良県木材協同組合連合会】〜美しい街づくりのために〜 家の外構に木材を使用しませんか?
  1. Home
  2. ライフ
  3. 【玉井式教育学I】– Vol.13 – 高等教育は何のため?

【玉井式教育学I】– Vol.13 – 高等教育は何のため?

  • 情報掲載日:2021.10.01
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

【玉井式教育学I】– Vol.13 – 高等教育は何のため?

これからの子どもたちは、これまでよりも世界に目を向けなければいけない時代を生きることになります。今のままの教育で良いのか、変わっていかなければいけない点は何なのか。グローバル時代を生きる子どもたちの成長のために、どのような価値観が必要なのでしょうか。
何のために教育するのかという、教育の価値観をしっかり持って、「親が笑顔でいること」「子どもへ何よりも愛していると伝えること」そして、「花(成果)を咲かせることだけでなく、丈夫な根っこ(土台)を育ててあげること」を大事にする。そう言うのは、「世界に負けない子に育てる」教育を提唱し、独自の能力育成教材を開発し続けてきた玉井満代先生。

玉井先生の考える子育てと教育について、
48回にわたり、さまざまな視点でお届けします。

– 編集部 −
第13回目のメインテーマは「高等教育の意義」。
日本の教育は、本当に学びたいことを学ぶために大学を選ぶよりも、少しでも学力の高い大学を目指す傾向があります。世界ではどうでしょうか。
日本と世界の教育への意識を教えてもらい、また日本はこれからどのように変革して行けば良いのか、玉井先生の考えを教えてもらいました。

世界と日本との大学の違い

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

日本はまだまだ学歴志向が高いと思います。国によっては海外もそうではありますが、日本は特にです。日本の場合、その理由は新卒採用が普通になってしまっているからというところでしょうか。例えばドイツでは、30歳くらいまでいろんな学校に入って学ぶ人もいますし、インドでも私たちの現地スタッフが「ちょっと大学を受け直すから」なんてことがあります。最初は驚いたんですが、これは特別なことではなく、「ここまで働いたけれど、こんなことをやりたくて大学を受けるので休職させてください」ということが、世界の国々では当たり前に行われています。

何故そんなことができるのか、ドイツの例で言いますと、学部によりますが、一般的に大学の費用がとても安く、国立の大学だと年間6〜7万くらいから10万円くらいの学費でいけるんです。私の娘もドイツで音楽系の大学へ行っていますが、国籍に関わらず、そのくらいの学費で通っています。やはり国が高等教育に対して、どのようにお金を補助しているのかは、国全体の考え方なのでしょう。要するに、国が教育に投資しサポートするべきだと思います。日本でも奨学金などはありますが、学費自体がもっと抑えられたら、教育費のための貯金や家計・仕事の心配など一挙に解決するのではないかと思います。それが、子どもたちを国全体が育てていく税金の良い使い方の一つなのではと思います。
一方、日本では国立大学でも私立大学に近い学費になってきており、医学部に行きたくても「学費がとても高い」といったことになっています。国が税金を投じて、学費補助に使っていけば良いのにと思います。何にお金をかければ良いのかを日本がもう少し考えてくれたら、一度社会に出た後でも、もっと気軽に「もう一度大学に入ろうかな」とか「○○を目指したいからこの大学へ入ろうかな」など、生涯学習をしながら、国民一人ひとりが自分の良い道、自分の進むべき道を探すことができ、結果的にそれが日本のためにもなるのではないかと思います。

いつでも学び直せる、
やりたいことを選び直せる社会になるには

日本の場合は、例えば薬剤師になりたいなど専門学科でない限りは、何になりたいからということを非常に曖昧にしたまま、大学4年間、6年間を通うことがほとんどだと思います。しかし、大学に行っている間でも、違う道を選び直せることは大事だと思います。最初は、その大学へ行くのが良いと思って選んだけれど、入って学んでいくうちに、これは違うなと気づくこともあるのではないでしょうか。

高学歴を望んで、できるだけ浪人しないでいわゆる有名大学に入らなければ、親としても入れなければ、というのは人生を長いスパンで見ることができていないんです。人として生きる中で、人生100年、120年時代などと言われていますよね。70才、80才でも、大学を卒業したくらいの人からすれば、あと半世紀以上も自分の人生を歩んで行くのですから、そんなに焦らなくても良いのではないかと思います。しかし、社会全体がそういう仕組みや価値観になっていないので、そこが大きな問題だと思います。

問題ではあるのですが、日本においてこの意識改革は、みんなが変えていこうとしてから何年もかかって、さらに成功事例がいっぱい出てこないと、なかなか変わらないかもしれません。日本は前例主義なので、アグレッシブに変わることが難しいと思います。誰か一人が決めて制度をバッと変えるくらいのことはできても、社会として根づくのには時間がかかるのではないかと思います。

我々の“慣習”というのは根強いものがあって、例えば「学歴信仰」以外にも「長男信仰」など、知らない間に常識だと思っていることがあります。少しは少なくなってきたかもしれませんが、「長男の嫁が義父母を介護して当たり前」あるいは「保育園に赤ちゃんから預けるのは可哀想」など、日本独特の根強い意識があるのです。

ですので、学歴信仰というのも実は、教育の問題だけではなくて、社会全体の課題なのです。今もなお根づいている社会のいろいろな慣習が抜本的に変わらない限り、難しいのだと思います。ただ、多くの人たちは気がついてきているのではとも感じます。
何に気がついているのか。例えば、良い大学を卒業したからといって必ずしも仕事があるわけではない、ということには気がついている。けれども、じゃあ良い大学に行く努力をしなくても良いということにはならない。要するに、どうしたら良いのかという確固たる自信がないのです。だから、とりあえず勉強して良い学校に入るというレールからなかなか多くの人は外れたくない。しかし、本来は若者たちが思い切って別のパターンを作り出して、こんな道もあるよねというふうに、変革してくれると良いと思っています。

別に行きたくもない大学に偏差値を基準に入り、お金がたくさんかかることが純粋に考えておかしいと分かっていても、みんなが行動を起こさないと変わりません。社会が変わるのを待っているのではなく、若者も自分たちの力で「これおかしいよ」と声をあげてどんどん行動して欲しいなと思います。
そして、大人はそれを否定せず、躊躇せず、どんどん応援できる社会になればと思います。

親としてどう価値観を伝えるか

多分、子どもが小さい頃のほうが社会の慣習に対して疑問に思える時期があると思うんです。大きくなっても中学生くらいまででしょうか。けれども高校に行くと、いよいよ目先の大学に入ることや、自分の道を決めていく時期に入り、周りのプレッシャーもあって、結局のところ同じレールになってしまうのかなと思っています。それは本当に社会の責任です。

そうではなくて、「あなたに今の高校が合わないのなら辞めても良いんじゃない?あなたに合う道を探そうよ」ともっと軽く言えるようになったほうが良いし、そういう意味では、ネット高校などは、すごく素敵な一石を投じていると思います。いろんなフリースクールができていますし、いつと比べるのかという問題にはなりますが、この10年で学校の感覚が変わってきたのではないか思います。しかし、多数はやはりまだレールの上にいるのかなと思います。

では、親はどのような価値観を持って子どもと関われば良いのでしょうか。私は「人の役に立てるような」といったことをよく言うのですが、究極のところでいうと、そこまででなくても良いと思うのです。少なくとも「人としてどうあるべきか」を重視して、人として間違ったことだけはしないよう、そこだけは注力していれば良いと思っています。

ついこの前にあった出来事ですが、ある子どもが「僕はお母さんより頭が良いから」と私の目の前で言ったとき、お母さんは笑っていたのですが、私はその子に言いました。たとえ頭の良い人、悪い人というのがあったとしても、決して頭の良い人が偉いとは限らないこと、そんなことを比べても意味がないという話をしたのです。すると、「それならどうして成績があるの?」という話になったのです。

こんなふうに議論が発展すること自体は、本質を浮き彫りにして良かったのですが、要は子どもにしてみたら、「自分のほうがあの子より◯◯ができる」といったことを、ごく単純に悪気なく当たり前に言っているのです。しかし、それを言われた時に、「何くそ負けないぞ!」となる子もいれば、シュンと落ち込んでしまう子もいます。

こういうことがあったとき、大人はどう話せば良いのでしょうか。「そんなこと自慢しなくてもみんな分かっているんだから」「みんながあなたのことはリスペクトしているんだから」「賢い人ほどそういうことを言わなくて良いんだよ」ということを、どう伝えるのか。年齢やその子の経験に応じて伝えないといけないのですが、その伝える内容、伝え方に大人の価値観が表れるのです。

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

私は「人として」ということはいつも根底においています。それさえ抑えておけば、あとは否定しません。いつも自分を信じて、あなたが諦めないで歩いていけば、長い道のりだったとしても、人とは違う時系列であったとしても、必ずあなたはそこに到達できるよ、ということを私は伝えています。

レールに沿った生き方ではなく、
自分が学びたいことを学べる人生を

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

極端な話、70歳になってこれができるようになったとか、あるいは美術家などは亡くなってから評価されたといったことがありますが、何かに向かって頑張った、失敗があってもやり遂げたという人生があって、人から勲章もらったり、有名になったりすることがイコール成功とは限りません。

「あなた自身の中で、あなたが決めたことに向かって、あなたの道を歩けば良いんだ」。そういう価値観を、子どもの年齢に応じて少しずつ理解できるよう伝えながら、人生の目的を焦らずブレないで、話をしてほしいと思います。

50歳でも60歳でも何歳でも大学に入って良いのです。大学の目的が就職というイメージがあるため、若い人たちが行くところになっているだけで、本来は生涯勉強できる場所なのです。20代、30代、40代でも、一度普通に就職して、子どももできたけれど、「私はやっぱりこれがやりたいから大学に行こう」といったことが自由にできれば良いと思います。そのためには、もっと社会の仕組みが整い、何歳になっても学び直すことが珍しくない風潮になることです。「勉強したい、でも今は…」という人生はもったいない。

大学へいったん入ったものの、「この大学じゃないな」と入ってからわかることもあるのではないでしょうか。そんな時に在学中でも軽くチェンジできたら良いと思いますし、卒業して働いてからでも、疑問に思ったらもう一度大学へ入り直せることが、ごく普通の日本社会になったら良いと考えています。これは海外では当たり前のことなのです。これには、社会の思いこみをどんどん外していかないといけないのですが、それにはまだ時間がかかりそうなだというのが正直なところです。

私の考えですが、まずは新卒採用を重んじるのをやめてしまったほうが良いと思っています。例えば3〜4年留年していたとしても、それが「休学して海外で〇〇をしていました」というのもOKだと思います。大学に籍を置きながら、数年海外に行って何かにチャレンジするといったことは良いことです。しかし、それには学費がそもそも安くないと難しいものです。一部の大学はそうなっていますが、全部の大学がそういうわけではありません。いったん入学して「ちょっと〇〇をしてみたいから、海外行ってくる」。そんなふうに、大学は自分の好きなことをするなら、いつでも戻ってきて良いよといった仕組みになれば良いなと思っています。

次回の「Vol.14」は10月8日(金)にお届けします。お楽しみに!

(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ 玉井満代先生

《教えてくれたのは》
(株)タマイ インベストメント エデュケーションズ
代表取締役 玉井満代さん

京都市生まれ、ICT教材クリエイター・脚本・演出家。20年にわたる全国数百の学習塾での指導経験を生かして、学校、またインド、ベトナム、シンガポール等で続々と導入されている「玉井式 国語的算数教室®」「玉井式 図形の極®」など、パソコン・タブレットを使用して学習する教材を全国展開。2021年現在、日本全国で24,000人が学習しており、有名私立小学校・大手学習塾・幼稚園・保育園及び学童などで広く活用されている。また、インド著書には「世界に出ても負けない子に育てる」(青春出版社)他。国内外での年間講演回数は120回(2018年度)を超える。洛南高等学校附属小学校で「玉井式 図形の極®」が授業カリキュラムとして取り組まれている。また、2021年度より、奈良育英小学校の副校長に就任。

>> TAMAISHIKIオフィシャルサイト
>> 奈良育英小学校

この記事はどうでしたか?

Facebookでも情報を配信しています。
ぜひフォローをしてください。

関連記事

SNS