その他おでかけ橿原市
2019/03/27 01:00

Vol21.河合酒造「出世男」蔵元杜氏 西川暁子

男だから女だからとはナンセンス
造りに入れば「人相変えて」精魂込めて


女丈夫などではない。ふんわりたおやかな風情の女性(ひと)。
だが造りに入れば「人相が変わると言われます」。
乳児を抱え、米袋を担ぐよりずっと軽いと笑ってみせる。
蔵を継いだのは、まさに女丈夫で知られた祖母が逝き、続いて母が逝った26歳のとき。
「何も知らないお嬢さん」は「親が死のうが蔵は動く。酒は進む」と蔵に生まれた宿命を引き受けた。

出世男3本。左から今井町出身の茶人、今井宗久にちなんだ純米酒「 宗久」、無ろ過純米生酒、本醸造原酒入り「おりべ徳利」

縁起良しの看板酒は「出世男」
蔵は営みながらの重要文化財指定


河合酒造は約280年続く老舗蔵。江戸時代の街並みが残る橿原市今井町にあって、ひときわ目を引く豪壮な建物で、代々続く造り酒屋を今なお営みながらの重要文化財指定を受ける。

看板酒は昭和の代から「出世男」。まずは酒の名が良い。立身出世のロマンをのせた縁起酒。本醸造でアルコール度数は18度あり、純米、純米吟醸などもアルコール度数は高めだが、その飲み口は意外に柔らか。ぽっちゃりした米の旨みにまろやかに酸が舞う。祝宴も、日々の晩酌も、景気良く盛り上げる食中酒。

この酒を醸すのは西川暁子さん。蔵に入り、製造責任を負う。
「まさか自分が造りをするとは思いも寄らぬことでした」。
蔵を切り盛りした先代の祖母ですら、経営だけ。かつての当主は皆 “旦那さん”であったから。
かたわらでは、まだ1歳半の次男が遊ぶ。長男は9歳になる。自身は44歳。28歳から造りにも携わり、その身を蔵に捧げてきた。

江戸時代、殿様に献上するときに使ったもの。諸白とは酒。屋号と主人の名が記される。

河合家の2人姉妹の長女として生まれた。いつかは家を継ぐだろう。ぼんやりと思いつつ、大学卒業後は帳簿や店番を手伝うくらいの“お嬢さん”。
「就職もしたことがなく、造りのことも何も知りませんでした」。

ところが当主の祖母が逝き、わずか一ヶ月後には母も逝く。
秋口で造りの最中、待ったなし。祖父は早逝。父は教職。妹はまだ学生。
見渡せば自身一人きりが残る。後継が喪主をする昔からの習いに従い、「濁流にのまれるように」“お嬢さん”は前に出た。
出世男を世に出す、うら若き26歳の女性当主、誕生のときであった。

「わたしと結婚すると、ものすごく大変ですよ」


1歳半の次男を抱いて。今は蔵の敷地に住まいがあり「随分、楽になりました」。

家を継ぎ、蔵を継ぎ、それからは「怒涛の日々」。
時代は変わり、自身も蔵に入るように。杜氏のもとで造りにいそしむ。32歳で高齢の杜氏が引退すると、蔵元杜氏として立つことに。転機は幾度も訪れた。
33歳で結婚。恋に落ちたのは、酒とは無縁のサラリーマン。「わたしと結婚すると、ものすごく大変ですよ」と念を押した。
翌年、長男が誕生。

若くして蔵元杜氏となった例は幾多もあるだろう。だが育児や家事は、その肩に乗ったろうか。
「長男が生まれて4〜5年がものすごくハードでしたね」
保育所に子を預け、夜は子連れで蔵に泊まり込み、夜が明ければ朝の蔵仕事を終え、保育所に預け、自宅で家事をこなして、また蔵へ。

もろみがふつふつと発酵中。明日の上槽を待つ。

社長であり杜氏であり、妻であり母であった。
今は社員2人が育って造りを任せられるように。一切を抱え込んだ頃より、随分気が楽になったという。

もちろん造りの手は抜かない。
「何か小さな一つでも、手を抜いたら、仕上がり時に頭によぎる。納得のいかない酒になってしまう」。
「出世男」の造りの肝は「手を抜かないこと」だという。
「手を抜いたらあかん、手をかけすぎてもあかん。生き物だから本来の力を引き出すように扱ってやることが大事」。
我が酒を、どう醸すか。一つ一つ、瓶詰めまで思考を重ねて、納得のゆく酒を造りたい。

徳利酒は観光客にも人気。「30年前に買った徳利を」と求められることも。愛されるロングセラーの縁起酒。

酒の名から力強い男酒を連想する人もいるだろう。女性杜氏の造る酒はきれいで上品な酒と思われがちでは、と問えば、
「造るのが男か女か。飲むのが男か女か。わたしはそんな考えはナンセンスだと思います」。
体力はかなわないだろう。それより自身の能力をフルに発揮し、最大限に生かしきれたか、どうか。酒も人も、そこであろう。


東妻入母屋造、西妻切妻造。白漆喰塗籠めに丸窓の意匠が美しい蔵へは、多くの観光客が訪れる。酒と出会うその前から、すでに大層な魅力で人を惹きつける。
そこに旨酒が加わるなら、百人力だ。

江戸時代にタイムトリップしたような蔵は見学OK。店頭に並ぶ徳利酒は見た目も楽しく、これで酒を酌み交わしたら立身出世の夢に江戸の夢も重なりそうだ。
飲み終われば花生けや飾りにするも良し。外国人観光客にも人気というのもうなずける。

人気といえばもう一つ。酒に劣らず大好評なのが酒ケーキ。大吟醸に漬け込んだカステラがしっとり美味と喜ばれている。

酒造用具展示蔵「しゅしゅ」

大吟醸酒ケーキは、酒の香りとしっとりした味わいが人気。

店の奥に進めば酒造用具展示蔵「しゅしゅ」がある。代々伝わるもの、数年まで現役で活躍したもの、定年退職後、今は蔵を手伝う西川さんの父が全国から集めたものも。
「訪れた人が酒造りの歴史や文化に触れて、楽しんでもらえれば」。
その思いの底には、「先人が残したものは自分のものであって、自分のものでない」という継ぐ者の覚悟もある。

今は造りの真っ最中。子どもを抱く手は柔らかだが、酒造りの手と目はきびしい。
「祖母は尊敬してやまない人。その祖母もまさか私が造りも手がける当主になろうとは思いもよらず、天国で驚いているでしょう」。
「人相が戻るのは瓶詰めを終えてからでしょうか」。先人からの力も込もる百人力を受け、16代当主はきりりと前を向いた。


河合酒造株式会社

  • 住所/奈良県 橿原市今井町 1-7-8
  • 電話/0744-22-2154
  • 営業時間/9:00~16:00
  • 定休日/不定休
  • 駐車場/1台
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