2018/07/18 01:00
Vol13.増田酒造 醸造「神韻」杜氏 黒瀬弘康
酒造りはジャズのように。一音一粒、思う酒へと奏であげる
「神韻」はしっかりとした酸とコクのある、きれいな切れ味がうれしい酒。 左から夏酒「神韻ブルーラベル」、フレンチオーク樽で寝かせた「神韻 樫樽純米酒」、米1%麹歩合99%の活性にごり酒「神韻99」
酒造りはジャズのようだと言う。
もろみの“声”を聞いて、その一音一滴を大切に。
音の粒をくっきりと際立たせて、思う酒へと奏であげる。
その名も「神韻」。
醸すのは、幻のプレミアム焼酎「百年の孤独」を世に送った名杜氏、黒瀬弘康杜氏である。
2009年、増田酒造は蔵の舵を大きく転換する。
それまでは普通酒のみ、いわゆる経済酒を醸していたが、黒瀬杜氏を招いて再出発。限定流通の特定名称酒、純米、吟醸を醸すことに。
増田酒造の創業は寛永2年(1625 年)。約400年の深い歴史を重ねる老舗中の老舗蔵。「都姫」のブランドを古くから醸すが、今は「神韻」の人気が高い。
「ゼロからの出発は望むところでした」と黒瀬杜氏は振り返る。
何しろその杜氏人生は挑戦とともにある。
「一つを生むと、また次に新しいことをしたくなるのですよ」。
宮崎県の焼酎の名蔵で「百年の孤独」を始め、革新的な焼酎を次々と醸した後、「日本酒を醸したら面白いんじゃないか」と出直しを決め、蔵を出た。
以降、三重、岐阜、福岡、長崎、愛媛と蔵を転々。「思う酒、つくりたい酒」を醸してきた。
黒瀬弘康杜氏。全てをその手中に。工程は、ほぼ1人でこなす。
フレンチオーク樽に麹99%活性にごり、底たまり9種ブレンド…
孤高の名杜氏の挑戦は続く。
そして今。挑戦の手は止まない。
30石と少量ながら、様々な酒をリリースする。
その一つがフランスから取り寄せた、アエリー産の内側を軽く焦がしたフレンチオーク新樽で熟成させた「神韻 樫樽純米酒」。
かつてはアメリカのホワイトオークを使ったが「養分が出すぎて酒とケンカしてしまう」と、この樽に。
フレンチオークフィニッシュで、日本酒でありながらウイスキーの趣も。
深みのある香りとふくよかな味わいがあると地酒通が喜んだ。
さらに米1%麹歩合が99%という驚きの活性にごり酒が「神韻 99」。
柑橘系の甘い香りは「グレープフルーツのよう」、クリーミーで「マッコリみたい」との声も。
奈良県産ヒノヒカリを使用し、二段仕込みで醸造する。
焼酎の酒母づくりから発想を得て生み出した。爽やかすっきりした飲み心地に、盃がよく進む。
「神韻 Bottom」の次の造り用に貯蔵する“底たまり”。今は6種だが、最終的に11種となる予定。
7号酵母と9号酵母のブレンド酒なども醸造するが、「神韻 Bottom」に至っては、なんとタンクに残った“底たまり”9種をブレンドした変わり酒。
澱(おり)がらみの黒ずんだ酒は、複雑味があり、旨味がのって面白い。
「実験的に底たまりを残しておいたところ9種揃ったんですよ。
混ぜてみたら意外にイケる。
「9種がここまで調和するとは、予想以上でしたね」。
好評を受け、今年は11種のブレンドを予定しているという。
設備は「最小限」。かつて酒を貯蔵していたプレハブの冷蔵庫で、もろみもしぼりもすべての工程を行う。麹室も冷蔵庫を改良したもの。
いずれも30石のうちの枝葉。すぐに完売してしまう。
そもそも「神韻」の酒は全種が10月頃には完売してしまうので、ファンは急がねばならない。
「手に入れば冷蔵庫に寝かせておくね」と友は言う。
その30石。
最後の一滴にいたるまで全てが黒瀬杜氏の手中にある。
酒造りのすべての工程は、黒瀬杜氏がほぼ1人きりで行っている。
「とても大変だけど、とても良いこと」。
かつては蔵人を仕切り、杜氏として采配をふるったが、ここでは黒瀬イズム100%。
思うように育てる。
「今年のブルーラベルは米澤美玖の軽やかなジャズと懐かしのスタレビで育ちました」。
相棒がいるとすれば音楽である。
造りの最中も音楽とともにある。
すなわち醸した酒たちの子守唄。
「神韻 ブルーラベル」を醸していたときによく聴いていたのが、最近お気に入りの若手サックスブレイヤー、米澤美玖のアルバム。
軽やかな夏酒を醸すのに軽やかなジャズはぴったり。
「若干、聴かせているところもあります」と笑う。
フェイスブックに新酒を載せる時も、醸しながら聴いていた音楽を紹介している。その音楽を聴きながら、楽しみに飲むファンもいるという。
数学者のように、数式がびっしり並ぶノートは造りを記録したもの。造りの実践と酒造学的理論を繰り返す。「まず実践。次に理論。逆はだめ。体を動かさないと」。酒は人の手が生むものだから。
蔵は生きている。その地の水と風と太陽とともに。
おおまかに太平洋側と日本海側では麹のつくりは違う。まるで湿度が違うからだ。
蔵人たちには「蔵の環境に逆らわない酒づくりをしろ」と伝えてきた。
各地を転々とするうちに、体が覚えた信条である。
増田酒造の蔵は川のそばにあるから、日本海側のつくりに似る。
「神韻」を醸しつつ、蔵のすべてになじむのに3年かかり、
それから評価を上げながら、思う酒を醸してきた。
もう10年になる。自身の経歴を思えばずいぶん長く腰を据えた。
それでも思うままに酒をつくれる今、まだこの蔵に添っていたいと思う。
「まだまだ頭の中には、やりたいことがいっぱいあるんですよ」。
こっそり聞くとその一つは本醸造の熟成。すでに実験は始まっている。
「神韻」はこれからも先駆ける、注目の酒となりそうだ。
増田酒造株式会社
- 住所/奈良県天理市岩屋町42
- 電話/0743-65-0002
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